近代立憲主義と日本国憲法 早稲田大学大学院教授・長谷部恭男氏

憲法で国家権力を制限する考え方を、広い意味での立憲主義といいます。この考え方は、中世のヨーロッパにもありました。当時は、キリスト教が社会に大きな影響力を持ち、庶民から皇帝まで、皆がキリスト教の価値観に基づいて暮らしていました。ですから、政治権力も一つの考え方によって縛られていたわけです。

一方、憲法で国家権力を縛る立憲主義の立場をとった上で、個人の価値観はさまざまであることをありのままに認めようというのが「近代立憲主義」です。この考え方が生まれた背景には、17~18世紀のキリスト教の分裂に伴う、ヨーロッパでの宗教戦争があります。

宗教は、人の価値観を形作る根源的なものであり、人はそれぞれ自分が正しいと思う宗教を信仰しますが、多くの人は自らの考えは自分以外の全ての人にとっても、「正しい」と捉えがちです。ですから、実際には、個人の価値観はそれぞれであるにもかかわらず、誰にとっても“正しい考え方”だと決めつけて、激しい対立が起こります。この時も、異なる信仰を持つ人同士が対立し、血みどろの宗教戦争に発展しました。

当時の人々は、「あの世」で永遠に幸福に暮らすために、この世で正しい信仰をつかみたいと願っていました。しかし、宗教の違いが戦いへと変わり、戦争が激化するにつれ、「あの世」という、あるかどうか分からないもののために命を犠牲にして殺し合うのはおかしいと思う人が増えていきました。血みどろの戦争の果てに、人の価値観は多様であることをありのままに認め、個人に自由な生き方を保障することを目的にする憲法の考え方が生まれ、その考え方に沿って政治権力を縛るという役割を持った近代立憲主義が誕生したのです。

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