“弱さ”と共に生きる――南直哉氏、小澤竹俊氏による問題提起と提言

◆苦しいからこそ人の温かさを実感し、また人に優しくなれる

一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会代表理事
めぐみ在宅クリニック院長 小澤竹俊氏

小澤竹俊氏

私はホスピス医として、病気や老いで人生の最終段階を迎えた患者さんたちと関わってきました。人は死を前にした時、最も苦しみを抱え、最も弱くなります。元気な時は、何か課題があったとしても、行動して解決することができます。しかし、人生の最期ではそうもいきません。〈何の役にも立てないのなら生きる価値がない〉と、弱くなった自分を責めてしまう人は少なくありません。

ただ、絶望と思えるようなつらい状況でも、人は少しずつ変わっていきます。銀行員だった患者さんの話です。彼は高卒で就職後、大学を出た仲間に負けまいと必死に働き、支店長まで上り詰めました。しかし、50代半ばでがんが発覚し、進行が早く、治る見込みがなかったので、緩和ケアを受けることになりました。

彼は、働けなくなったことに苦しみながら、今までの人生を問い直す中で、自分より仕事ができないと見下していた同僚たちが、実は自分を支えてくれていたことに気づきました。〈こんな自分でも、一人の人間として認めてくれる仲間がいる〉と思い至ったのです。

それから彼は、後輩に何十通も手紙を書きました。銀行員として大切なのは、目に見える成績や利益だけではなく、財政的に困難を抱える人と共に悩み、支援しようとする姿勢なのだ、と。

自らを支える存在に気づくのは、人生が順調な時だとなかなか難しいものです。むしろ私たちは、大きな困難に直面した時、生きる上で本当に大切なことを知ります。苦しいからこそ人の温かさを実感し、また人に優しくなれるのでしょう。

私も医師として、患者さんの力になりたいと努めますが、日に日に衰えていく人を前にできることはごくわずかです。そんな自分に対して「よくできた」とは言えません。本当に情けなく、弱いと感じます。それでも、愛する家族や共に働く仲間など、苦しい気持ちを分かってくれる存在がいるから、自分のことを「弱くてもいい」「これでいい」と認めることができる。そして、自分は患者さんと同じ「弱い人間」としてそばにいよう、と思えるのです。

私たちは、老いや病気に限らず、「試験や仕事で結果が出ない」「人間関係がうまくいかない」などと、日常で多くの悩みに直面します。そうした苦しみは、「こうありたい」という希望と、それがかなわない現実のギャップから生じるものです。

ここで大切なのは、自分で苦手分野を勉強するなどして解決できる苦しみと、相手との考え方の違いといった自分だけでの解決が難しい苦しみを見極めることです。状況改善の努力を怠ってはいけませんが、後者は、残念ながら受け入れるしかありません。

その上で、穏やかに生きるにはどうすればいいのかを考えます。ヒントは、「人生で一番つらかったのはどんな時でしたか。その時、支えとなったものはありますか」という、診察で必ず患者さんにする問いかけにあります。

皆さんも思いを巡らせてみてください。例えば、人間関係が原因で職場に通えなかったり、希望していた進路を諦めたりしたとき、あなたにさりげなく寄り添い、励ましてくれた家族や友人はいませんでしたか。自身の支えとなる存在に気づくことができれば、苦しみを解決できるかどうかにかかわらず、感謝が深まり、幸せを感じることができます。

中には、「自分の支えになってくれる人などいない」と怒る人もいますが、そんな時、私は、「あなたは誰かの支えになれる」と伝えます。誰にも自分の気持ちを認めてもらえずに苦しかったからこそ、誰かのためにできることを見つけてほしい。自分がいることで喜ばれる体験をすれば、大切な気づきを得られるはずです。

身近な人の苦しみに気づいて、力になりたいと関わることは、専門職だけの特権ではありません。子どもから大人まで、誰もが“弱さ”を持つからこそ、心と心でつながり合える。誰かのために寄り添い、触れ合う人が増えれば、温かい社会を実現できると信じています。

プロフィル

おざわ・たけとし めぐみ在宅クリニック院長として、地域の訪問診療に従事。講演や執筆活動、医療者・介護士の人材育成にも精力的に携わる。著書に『あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる』(アスコム)など。