栄福の時代を目指して(22) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

世代継承生成性に関する道徳的熟議

つまり、戦後の象徴天皇制において守るべき理念と本質は、無私の公共性、幸福平和祈念、そして尊貴な徳性という三つである。これらを基準にすると、皇室典範改正はどのように評価されるのだろうか。

この問題は、天皇制という日本政治最大の制度に関して、「何が善き天皇制か」という問いと関係しており、ひいては三つの「善き生」に関する理念とも関係する。そこで、価値観に関する道徳的熟議が要請される。これも、コミュニタリアニズムのもっと重視する点だ。

世代の継承と生成は、少子高齢化に悩む日本にとって最大の課題だ。この課題が皇位継承問題において象徴的に現れていることになる。それだけに、今後の日本のためにも、価値観・世界観に関する人々の真剣な道徳的熟議が切に望まれる。

そして政体そのものに関する決定だけに、「国民の総意」が必要だ。よって、皇室制度の将来は、一時的な政治的勢いによって拙速に決められるべきではない。もともとは皇族数の確保が目的の議論であったのに、突然、旧宮家からの養子の男児が皇位を継承できるということになった。野党から「だまし討ち」との批判が提起されたのも当然だ。天皇制は日本全体の根幹をなす公共的制度だからこそ、特定の家系や政治勢力の私的意図を排し、重大な制度変更は、国民に十分開かれた熟議を経て進められなければならない。そうでなければ、決定は国民の総意から遠ざかり、公共性の理念にも反する。天皇陛下ご自身の「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」という異例の発言(6月11日)も、この点に呼応している。

ポピュリズムと天皇制――熟議による総意形成の必要性

さらに考えなければならないのは、高市政権はポピュリズム政権であり、日本維新の会のような「下からのポピュリズム」と、自民党による「上からのポピュリズム」が合体している(ハイブリッド・ポピュリズム)という点だ(第14回より)。

ポピュリズムとは、その時の人気に基づいて成立し、真理や伝統を蔑(ないがし)ろにしやすい。この点で、伝統を体現する天皇制とは異質な現象だ。だから、一時的なポピュリズムの勢いに押し流されて、永年の伝統を崩壊させるべきではない。要は、日本歴史の伝統が培ってきた精神的な制度の尊さと重みは、高市ポピュリズムの如き浅薄な流行とは価値的に比べるべくもなく、後者が徒(いたずら)に改変すべきものではないのである。

現に、高市ポピュリズムのもとで進められている皇室典範改正は、国民統合の象徴という憲法下の理念に反して、国民の中に巨大な分断を作り出しているように見える。分断形成こそが、ポピュリズムのポピュリズムたる所以(ゆえん)なのである。「国民統合の象徴」故に、立法府や国民の総意が必要なのだ。よって、超党派による協議、専門家の公開討論、市民参加型熟議などを通じて、改めて公共的な総意を形成することが望ましい。

このような公共的制度の将来は、国民全体の総意、すなわちルソーのいう一般意志に基づいて決定されるべきである。一般意志とは、単なる多数派の意思ではなく、コミュニティー全体の公共善を志向する意思である。

今の多数派の意思は、情報操作やデジタル・ネガティブ・キャンペーンなどによって民意形成が大きく歪(ゆが)められた状況の下で形成されたものだから、一般意志とは異なる。それはコミュニティー全体の公共善ではなく、特定の党派や集団の利益に偏って、極端な特殊意志の集まり、つまりルソーの言う全体意志となってしまうからである。だからこそ、熟議を重ねながら一般意志を形成し、公共的決定へと結実させることが求められるのである。

十分な熟議を尽くしてもなお議会だけで公共的合意を形成することが困難な場合には、国民投票などの直接民主主義的手法を含め、幅広い制度的選択肢を検討することも可能だろう。実はこれは、日本思想から内在的にも考えられることである(神道共和主義、『神社と政治』330頁)。

神道的論理であれ、通常の政治哲学からの論理であれ、重要なのは、公共体全体の一般意志をいかに形成するかという点である。公共体の根幹に関わる制度は、一時的な政治状況や党派的利害によってではなく、コミュニティーの人々全体の一般意志によって決定されなければならないのである。

徳義共生民主主義の大義――片肺代表制の決定を撤回させる倫理的正義

徳義共生主義に基づく民主主義を「徳義共生民主主義(ethical communitarian democracy:ECD)」と私は呼んでいる。これは、コミュニティーの歴史を尊重しながら、その歴史を未来へ向かって生成し続ける民主主義である。それは、伝統を守るために変化を拒む保守思想でも、伝統を否定するために改革を求める急進的思想でもない。コミュニティーと伝統の価値を受け継ぎながら、公共性と熟議に基づく決定と、それによる伝統の生成を追求する政治思想なのである。

そして皇室制度とは、単に過去から受け継がれた制度ではない。それは、日本という国家の歴史的連続性を象徴し、本質を未来へ継承していく公共的営みと言える。その将来を考えるということは、歴史から受け継いだ公共的価値を、熟議を通じて未来へ向かって生成し続けることだ。

このように考えると、日本というコミュニティーやネーションの最重要問題を、道徳的な熟議もなく、ほとんど国会審議すらなしに決定するのは、論外と言わなければならない。それは、天皇制を形成してきた過去世代に対して、顔向けのできない恥ずべき行為である。

このような強引に決定を強行すること自体が、現内閣に倫理的正当性がないことを例証している。第20回で論じたように、高市早苗首相には虚偽を平然と国会で述べた疑いがあり、通常の記者会見を行わず、国会審議になかなか応じない。「働いて働いて働いて働いて働いて参ります」という文句で2025年「新語・流行語大賞」を受賞した政治家が、卑劣にも議会の質問から逃げ、首相としての働き方をしない。皇室典範改正案審議においても、官房長官に答弁をさせて、自らはほとんど答弁を行わない。それは、事実上の擬似的独裁であり、国会審議における「憲政の常道」に反している。

昭和100年記念式典(2026年4月29日)では、御臨席されていた天皇からはお言葉がなく、その隣で高市首相は演奏のリズムに合わせて体を揺らしていた。天皇陛下の平和のメッセージを封じたと推測されており、やむなく宮内庁は、両陛下の所感を後で公開した。高市首相の行動には、天皇陛下に対する敬意や尊重がなく、SNSでは「冒涜」「不遜」「非礼」などの非難が多々なされている。

現首相は、デジタル・ネガティブ・キャンペーンによって、倫理的に不正な総選挙を行って、人工的な操作によって圧倒的な多数派を形成した。その責任者が、悠久の歴史を担う日本の政体を改変することは、天皇制の尊貴な伝統を汚す行為だ。議会の構成が歪められているから、ポピュリズム政治に押し流されてしまう危険が大きい。産経新聞を除いて、全国紙や多くの地方紙が、左右の論調を超えて一様に批判的論説を書いている中で、政治体制の最重要時が性急に決められるのは、尋常ではない。これこそ、ポピュリズムの悪弊なのである。

だからこそ、大規模な署名活動が幾つか行われている。週刊文春元編集長(木俣正剛氏)が呼びかけた「愛子さまを皇太子に」という趣旨の署名(7万9210人)の受け取りを自民党は拒否したと報じられた(東京新聞、7月8日)。大規模署名活動のうちの一つは、私たちの署名呼びかけ人としても名を連ねる政治家5人が発起人(川内博史前衆議院議員)や賛同人になっており、すでに数万の署名を集めている。このような直接民主主義的運動によって、圧倒的な民意を明らかにすることは大事だ。

傲(おご)る多数派の暴力によって皇室典範改正が行われてしまったが、深刻な事態に気づいた人々が増えて、SNSなどでは怒りの声が噴出している。高さを誇ってきた内閣支持率が、どの調査でも激減し、40%台に落ちて不支持率と逆転したものすらある(毎日新聞、7月19日)。特に麻生家に関係する宮家や、養子の男児皇位継承、そしてこれらに関する私的政治操作という点に批判が集中しているが、これらは倫理的公共性や徳性という天皇制の本質的な理念そのものに背反しかねないだけに、まさに本質的な問題なのである。

この皇室典範改正により、15歳以上の養子が旧宮家から迎えられると、現在の天皇家とほとんど血縁のない皇位継承候補者がわずかな期間内に生まれる可能性が生じた。放置すると、日本という国の中核で本質的理念が希薄化するという由々しき事態が起こりかねない。よって、次の国政選挙で心ある政治家や野党が結集し、公共性・幸福平和祈念・徳性という本質を守るために、天皇制「改悪」を批判して制度の回復や改善を訴えるべきだろう。この「国難」に対して、真実の民意を明らかにして日本の伝統・文化に立脚する政治そのものを救う必要があるからだ。それが倫理的正義の要請であり、日本というコミュニティーを形成してきた過去世代に対する責任を果たすための大義ではないだろうか。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。