内藤麻里子の文芸観察(56)

頭の体操をしながら読むのもまた小説の楽しみである。青崎有吾さんの『地雷グリコ』(角川書店)は、とびきり頭を使い、快感にあふれる読書体験ができる。本書が刊行されたのは昨年の11月末なので紹介するのは遅いと言われそうだが、一読したら取り上げずにはいられない快作だ。

主人公は都立頰白高校1年生の射守矢真兎(いもりや・まと)。文化祭でクラスの模擬店を出すため、屋上の使用権を賭けて「愚煙試合」と呼ばれるゲームで生徒会と争うことになった。そのゲームは「地雷グリコ」。ジャンケンで勝った方が「グリコ」「チヨコレイト」「パイナツプル」のかけ声とともに字数の分だけ進めるという、幼い頃よく遊んだ「グリコ」に改変が施されたものだ。46段の階段を使い、プレイヤーは三つの段に地雷を仕掛けることができる。場所は審判しか知らず、相手の地雷のある場所を踏めば10段下がる。自分の地雷を踏んでもペナルティはないが、相手にその場所がばれてしまう。それぞれ進めるのは3段(グリコ)か6段(チヨコレイト、パイナツプル)だから地雷は3の倍数に置くことになる理屈とか、その他細かいルールがあって、どちらが早く頂点にたどり着くかを競う。果たして真兎は勝てるのか。

「地雷グリコ」だけでなく、百人一首の札を使った「坊主めくり」を改変した「坊主衰弱」、「ジャンケン」を複雑化した「自由律ジャンケン」など5種類のゲームが登場する連作短編集だ。もともと単純な遊びが、こんなに手に汗握るゲームになるなんて。その手腕に開いた口がふさがらない。

真兎は飄々(ひょうひょう)としていながら、クラス代表として場所取りに駆り出されたり、競技かるた部の窮地に首を突っ込んだりして存分にゲームのプレイヤーとしての才を見せつける。ルールを瞬時に深く読み取り、何事にも対応できるように網を張る。どの1行もおろそかにせず読むことをお勧めする。その上で、この主人公は「人生はゲームだ」などとはうそぶかない。ゲームにだって周到に考えを巡らせ、ギリギリで挑戦している。その姿勢が、ただのゲーム小説でない安心感と面白味を醸し出す。

さらに、他校に進学した中学時代の友人に、理由は不明ながら怒っていて、最終話はその友人と直接対決する「ポーカー」ならぬ「フォールーム・ポーカー」が登場する。ゲームをすることになる設定といい、ゲームのルールといい、なにもかもぶっ飛んでいる。しかし真兎の怒りの理由が明らかになった時、本作は胸がキュンとする青春小説でもあったのだと思い知らせてくれる。さまざまな味わいが潜んだ作品だ。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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