内藤麻里子の文芸観察(47)

須藤古都離(ことり)さんの『無限の月』(講談社)は、恋愛小説にして手に汗握る大救出劇、そして驚きのSF小説でもある。読み終えて、意識を変えることの難しさを突きつけられたような気がする。

冒頭、中国の田舎町でネットワークがハッキングされて混乱が起きる。田舎町と言っても現代中国のこと、IoT(インターネット・オブ・シングス)でつながっている家電が外部から操作されて一斉に作動し、パソコンには助けを求めるメッセージが表示される。何が起こっているんだと思う間もなく、舞台は日本に飛ぶ。夫への不信感から別居し、憂さ晴らしに酒を飲んで階段を転がり落ち、入院している聡美の煩悶(はんもん)が始まる。愛する夫の行動が理解できないのだ。浮気じゃないのか、これまた何なんだと思いつつ、今度は夫の隆(たかし)の不思議な体験が始まる。時は前後し、うまい語り口にまんまと引き込まれていく。

隆はIT企業の社長で、戯れに試作品のカチューシャ型ウェアラブル・デバイスを装着してみた。これは既にうち捨てられ、ネットワークには接続されていないのに、いきなりある映像と一体化した。それは中国人の少女で、やけにリアリティーのある日常が展開する。彼女の成長、光の粒が弾けるような恋愛などを経験していくうちに、隆は少女と混然一体としてくる。

これは入れ替わりか? と思いもしたが、そんな薄っぺらい想像をはるかに超えた終幕が待っていた。隆の会社は、BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス、脳に埋め込む小さな機械)の利用者が使えるアプリ開発を手掛けている。こうして読み進むと、これはさまざまな仕掛けを使った意識の変革の物語だと卒然と気がついた。

いきなり話が変わって恐縮だが、今年はことに猛暑で、地球温暖化対策は急務だと感じる。今まで経済成長が金科玉条のごとく言われてきたが、その信条が気候変動を招いていると知れば、もはや脱経済成長しかないだろう。とはいえ脱成長をよしとするためには、我々の意識を変えなくてはならない。どう変えればいいのか、変わるのかと不安に思っていたところに本書である。

「意識の変革」をメタファーにして、こんな物語に仕立てるとは舌を巻いた。物語には終幕の後に後日譚(ごじつたん)がある。そこまで至ると、冒頭に記したように、「意識の変革」とはこんなに難しいのかと、うなるしかなかった。いや、ここにあるのは絶望ではない。ある種の理想を示す挑戦だと思いたい。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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