内藤麻里子の文芸観察(44)

砂原浩太朗さんの『藩邸差配役日日控』(文藝春秋)は、藩邸の「差配役」という、現代でいえば会社の“総務部”のような役職を創り出したことがお手柄の時代小説だ。連作短編で日々巻き起こる騒動をつづりながら、底に流れる陰謀を鮮やかに描き出す。

神宮寺藩七万石の江戸藩邸には差配役がいる。口の悪い者は「何でも屋」などと言うが、「藩邸の管理を中心に殿の身辺から襖(ふすま)障子の貼り替え、厨(くりや)のことまで目をくばる要(かなめ)のお役」だ。すべての取りまとめが差配方とその頭(かしら)、里村五郎兵衛に任されている。そのお役目故に何かと揉(も)め事、厄介事が持ち込まれる。

冒頭の1編「拐(かどわか)し」は、御年10歳の世子(せいし)、亀千代がお忍びで上野の山に桜見物に出かけたまま行方知れずになったという一報が飛び込んでくる。亀千代と五郎兵衛の知恵比べめいた探索が続く中、江戸家老に行方不明の報告に行けば「むりに見つけずともよいぞ」と言われるし、発見の際には正体不明の侍に襲撃される。軽妙に成り行きをつづる筆に心地よく乗りながら、不穏さを感じないではいられない。この「拐し」はじめ、御用商人(あきんど)を決める入れ札の疑惑を追う「黒い札」、雇い入れた女中の色香をめぐる「滝夜叉」など5編からなる。やがて五郎兵衛は、江戸家老と留守居役の権力争いに巻き込まれていく。

それぞれの厄介事の解決までの道のりは工夫されており、周囲に配置した脇役も多彩だ。差配方には誠実な副役、その後釜を狙う気が利く部下、捉えどころがないがなかなか使える若侍などがそろう。五郎兵衛は妻を早くに亡くし、2人の娘がいるが、上の娘はろうたけて、下は小太刀に熱を上げ、亀千代に指南するまでになっている。故あって独り身の妻の妹が、通ってきては何かと面倒を見てくれる。五郎兵衛が道場仲間と通う小料理屋とそのおかみの風情もいい。亀千代も将来有望な聡明さを備えている。

春から秋にかけて、季節の移ろいと共に起こる揉め事、厄介事はなんとか収められ、一方で権力争いは混沌(こんとん)としてくる。そして最後にある秘事が明かされる。すべてにおいて過不足ない構成だ。

それにしても、著者の創り出した「差配役」はうまい設定だった。この役職にしたからこそ、藩主から下々の者にまで関わることができる。若君、亀千代の成長も楽しみだし、秘事は五郎兵衛にさらなる困難をもたらすかもしれない。差配方の面々の今後も気になる。これはシリーズ化される期待が持てそうだ。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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