内藤麻里子の文芸観察(5)

我々はそれぞれの生まれや育ち、仕事、家庭、趣味・嗜好(しこう)、その時々の事情や時代などさまざまな背景に照らされながら、今この瞬間を生きている。そういう人間というものを映し出すかのように、登場人物を包括的にとらえようと試みているのが辻原登さんの『卍(まんじ)どもえ』(中央公論新社)である。

ベースとなるストーリーは、都会に生きる男女の人間模様。これがサスペンスあり、知的刺激あり、エロスありと、緻密に織りなされている。これぞ大人の小説だ。

東京・青山にデザイン事務所を構える瓜生甫(うりゅうはじめ)51歳は、横浜市都筑(つづき)区茅ケ崎に気心の知れたクリエイター仲間らと建てた共同住宅に住まう。ジム通いを欠かさず、大学の公開講座に登録し英語の小説や詩の解釈を楽しむ。愛人もいて、女遊びをそこそここなす。非の打ちどころのないリッチでノーブルな生活が続くかと思いきや、瓜生は急に近づいてきた女性に金を脅し取られる。が、とりあえず表面上の生活は波風を立たせない。

立たない波風の下では、妻のちづるがネイルリストの塩出可奈子と懇ろになる。フィリピンで語学学校を成功させている中子脩(なかごおさむ)、その妻で、旅行会社に勤める毬子(まりこ)との交流が始まる。瓜生のなじみのバーのマダム・長江由美は、中子の語学学校の教師・村井朋子に好印象を持つ。何かが確実に進行していく。彼らの出会いや、状況の変転は予兆をもって語られる。語り口はさりげないのにサスペンスフル。大小のひび割れが起きた先にある光景に息をのんだ。

先に紹介したように、こうした登場人物の事情や背景が逐一披露されるのだが、驚くことに、それによってストーリーの進行がいささかも阻害されていない。それどころか、過去を知ると現在の立ち位置が分かり、未来をうかがうことすらできる。虚実取り混ぜ、周到に造形されている個人史自体も面白い。地下鉄サリン事件などの事件・事故、時代相も絡む。辻原版「全体小説」といっていいかもしれない。

さて、エロスで興味深い特徴がある。もちろん男性陣の女遊びはある。それに対比させるように、女性陣同士が性愛関係になるのだ。レズビアンも、そうでない人物もいる。我が身をふり返るに、食事や観劇、旅行など女同士で遊ぶのは楽しい。いまだ男性性が優位の社会で生きていて、嫌気が差したらこんな道もあるよと、そそのかされているのかもしれない。それも魅力だと、ちょっと気になる。作家はそこまで見透かしているのだろうか。だとしたら、怖い。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て90年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。