内藤麻里子の文芸観察(3)

海外で起きた銃乱射事件のニュースに触れると、我々はとかく何人死傷者が出たか、事件の背景は何かに目を奪われがちだ。しかし、不幸にも現場に居合わせた人々というのはただ逃げるだけではなく、そのとき何らかの問題に直面しているケースもあったろう。そんなことを手の込んだ仕掛けで見せつけるのが、呉勝浩さんのミステリー『スワン』(角川書店)だ。

舞台は日本の巨大ショッピングモール「湖名川シティガーデン・スワン」。1個につき2発しか撃てない模造拳銃60個を使い、2人の男が約1時間にわたり無差別銃撃を続ける。死者21人、重軽傷者17人。

銃乱射のハードボイルドな幕開けから、物語は一転する。

それから半年後、犠牲者の一人となった母親の死の真実を知りたいという会社社長の依頼を受けて、弁護士が生存者5人を集める。犯行時のスワンで何があったか明らかにするため、それぞれの行動、見たものの聞き取りを始める。

ところが全員挙動不審。そこで語られる話も、事実を告げているのか信じられない。それは主人公である少女も同様だ。スワンの中でも8人というまとまった犠牲者を出したスカイラウンジでの生き残りのうちの一人。犯人たちが残した動画と併せて浮かび上がってくる、あの日のスワンで起きていたこととは――。

いわく言いがたい人間性や特殊な状況を設定して、一筋縄ではいかない物語を構成しながら、この作家が描き出すのは、いつも人間そのものである。

殺人衝動を抱える少年が登場する『白い衝動』、失踪した同僚を探す交番勤務の警察官が主人公の『ライオン・ブルー』(共に2017年刊)など、ミステリーや警察小説と見える枠組みを超えたところに着地点がある。

『スワン』も最初は一人の死の真相を追う本格ミステリーに見えて、読み出すとページを繰る手が止まらない。しかしやがてそれを超え、一人ひとりの悲劇があぶり出される。聞き取りを始めるとき、弁護士はこう宣言する。「この会の目的は菊乃さん(注・会社社長の母親)殺害の真実をあきらかにすることです。あるいは悲劇の総括」。

スワンで起きたのは銃乱射事件という大きな一つの悲劇。そこに内包された小さな悲劇――それらは決して罰せられない類いのものだ――があった。そんなところをすくいとる作家のまなざしに目を見張るばかりだ。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶応大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社し、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年7月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。