男たちの介護――(13) 母への感謝 激動の中で見えた幸せ

岡田さんが何のためらいもなく義母の介護に当たるようになったのには理由があった。22歳の時、大好きな実母を48歳の若さで失った。直腸がんだった。幼い頃、病弱だった岡田さんをおぶって、よく病院まで連れて行ってくれた。貧しくとも家族が仲むつまじく暮らし、精いっぱいの愛で支えてくれた母。そして、結婚以来、婿として何かとかわいがってくれた義母。「長年苦労してきた二人の母へ少しでも恩返しがしたい」。それが偽らざる思いだった。

それに、難病の筋ジストロフィーで全身の自由と声を失った次男・哲也さん(37)の存在がある。2歳で筋ジストロフィーと診断され、高校まで普通学級で学んだ哲也さんは、自宅での生活が困難となり、医療センターで療養生活を送ることになる。自宅から病院までは片道140キロ。岡田さんは週3回、哲也さんの病室を訪ねる。

現在は寝たきりで言葉を発することはできない。しかし、会話ができなくても、思いを伝えることはできる。岡田さんは額をくっつけたり、手を握りしめたりしながら、心を通い合わせる。「言葉じゃなくて、体温で『来たよ。そばにいるよ』と伝えようと思っているんです」。

病気に負けず、自分にできること、できないことに向き合い、成長する哲也さんの存在に勇気づけられてきた。兄弟も哲也さんを大事にしていた。

うっとうしい梅雨がやっと明けて間もない頃、真夜中の、激しい風の音に目を覚ました。岡田さんは、明かりをつけて書棚にあったアルバムを手に取った。そこには、妻の智子さん(63)、まだあどけない表情で笑う3人の子供たちがいた。家族の情愛が熱い涙となって頰を伝った。

仕事をしていた現役時代は目がまわるような忙しさだったが、今は時間的なゆとりがある。〈母さんにはできるだけ長生きをしてほしい。最後までお世話をさせてもらおう〉。

(つづく)

※記事中の人物は、仮名です