自死・自殺を仏教の視点から考える 仏教学者・佐々木閑氏
さらに、私が専門に研究している仏教の「律」の観点から、自殺を考えてみましょう。律は僧侶の生活を規定する仏教の法律ですが、その律で自殺は罪とされているのでしょうか。この議論の際にしばしば挙げられるのが、仏教には「人は自殺してはならない」という規則がある、という言説です。しかし実際には、そのような規則はないのです。
釈迦が「この我々の肉体は汚れたものである」と説き示したため、これを誤解した弟子たちが、「それなら死にましょう」と言って、自殺したり、互いを殺し合ったり、他人に自分を殺すよう頼んだりしたという逸話です。これを機に、釈迦は「人を殺してはいけない」という規則を制定したといわれます。物語の中で記されている「自分で死ぬ」という言い回しから、あたかも自殺が禁止されているかのように理解する方がいますが、そうではありません。律のどこにも、自分で自分を殺すこと、すなわち、自殺が罪に問われるとは記されていないのです。
この物語を拡大解釈し、仏教は自殺も殺人と見なしているという学説を唱えた人もいましたが、今はもう、否定されています。『サマンタパーサーディカー』という律の注釈書は、この物語の中では相手を殺したり、お互いに殺し合ったりすることだけが罪であって、自ら命を絶つこと、自分を殺してほしいと頼むことは罪に問われないと明記しているのです。ここを見逃すと、仏教は自殺を犯罪と見なす宗教であるかのように誤解してしまいますが、実際はそうではありません。