立正佼成会 庭野日鑛会長 1月の法話から

1月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

日々、情熱を抱いて

古来、医学の専門家は、「人間いくら年をとっても、否(いな)年をとるほど、学問や芸術や信仰に情熱を抱き続けることが不老の秘訣(ひけつ)である」と述べています。

今年は教団創立85周年ですから、同い年の私も85歳になります。大事な信仰に情熱を抱き続ける、また、いろいろな学問、芸術に情熱を抱き続けることが人間として最も大切な不老の秘訣と言っておられるのですから、お互いさまにそうしたことをしっかりと心がけて、今年も元気に精進したいと思います。
(1月1日)

人生のものさしを持とう

人間は、何を根本にして生きているのかと思うときがあります。私が読書などで学んだことの中に、こういうことが述べられています。

一つ、「宇宙は無限の万物創造変化である。人間は小宇宙である。日々に活き活き(いきいき)とした勤労と常に新しい創作とが人間の本能である」。

二つ目には、「宇宙は人間を通じて心を開き、徳を生じた。学問と徳行(とっこう)とは人間の本領である」。

徳行とは徳の行いであります。人間は学問をします。そして徳行ですから、道徳にかなった善い行い、その中には信仰が入るわけですが、そうしたことが人間の本領、本来の持ち前、特色、本質であるということです。

三つ目には、「宇宙は人間を造り、人間は家族を造り、親族を造り、民族を造り、それらの交際によって社会を造り、国家を造り、世界を造っている。造化(ぞうか)を栄えさせるものは善であり、これを害うものは悪である。互いに相愛し、相扶(たす)け、相護(まも)って、善を勧め、悪を救うは人間の本務である」。

本来の務め、それが、人類共通の根本原理であると教えて頂いています。こうしたことがしっかりとお互いさまにできる世の中になれば、戦争もないわけですが、世界の情勢はそのような方向には行っていません。こうしたことをしっかりと踏まえて前進しなければならないと受け取らせて頂いています。
(1月7日)

書き初めに込めた思い

『素心(そしん)』は、昨年から書き初めに書き始めました。書き初めを始めてから、昨年で31年目でした。(二幅のうち一幅は)10年ずつ、同じものを(『簡素』『合掌』『燈明』)書き、今度は『素心』が、それにあたります。もう片方を今年は、『元氣(げんき)』にしました。

「素心」の「素」という字には、白いとか、白い生地という意味があります。地位とか名誉など、世間的な着色に染まらない、自然のまま、人間そのものの純真な心で、ものを見たり聞いたり、学んだりしていきたい――「素心」とは、そういう意味です。

「元氣」の「元」の字は、上の「二」は「上」を表します。下の「儿(ひとあし・にんにょう)」には、人が歩く、活動する、という意味があるそうです。自然はいろいろなものを創造しますが、「元」には、人間も動いて、いろいろなことを創造する、創作する、活動するという意味合いがあるようです。常に前向きに活動することが、「元氣」のもとになります。

皆さんと共に、元気で生きていく、生き生きと生きていくことほど大切なことはない、と私は思います。そうしたことも込めて、宇宙がどうなっているのか、また、人間はなぜ生かされているのか、そうした不思議なことを、不思議だと思えることが、あれも知りたい、これも知りたいという意欲につながっていきます。そのような意味で、今年は『素心』『元氣』を書き初めにしました。今年もそうした気持ちを失うことなく、精進していきたいと思います。

私はいつも「(御)親教」とは、教えに親しむことだと申しております。私たちの分からないことはいっぱいありますから、教えを通していろいろなことを学んで、しっかりとした人間、素直な人間に成長していきたいものです。私たちはなかなか、世界の平和には力が及びませんが、元気で、何物かを創造し、善人としてみんなで力を合わせて平和な世界を築く活動をしていく、そのような精進が大切ではないかと思います。
(1月7日)

学ぶ姿勢を持ち続けよう

私たちは、仏さまの教えに基づいた信仰によって、日々、自分の心を磨かせて頂いているわけですが、そのもとになるのは物事をしっかりと学んでいくことだと思います。

人間は学ばないと、どこまでも迷って、ぼんやりとして、眠っているのと同然に、何も分からなくなります。ですから常に物事を学んでいく姿勢を持ち続けていくことが大切なのです。学べば、星が輝くように、心の中も明るく冴(さ)えてくるといわれています。常に学んでいくことがとても大事です。
(1月15日)

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