立正佼成会 庭野日鑛会長 6月の法話から

6月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

自分のいのちを見つめると

私たちの人生をよく考えてみますと、「人生二度なし」と言えます。今、こうしてお互いに人間として生きていますが、どんな人にも絶対に例外なく必ずやってくると断言できることは、人生には終着駅、「死」があるということです。これは絶対に免(まぬが)れることのできない、万人共通の運命です。

また、私たちは自分の意志と力によってこの地上に生まれてきた者は一人もいません。このことも事実であります。われわれ人間は、大宇宙というか、絶対無限な宇宙生命の絶大な力によって、この地上にいのちを与えられたわけです。

私たちが人間として地上に生かされていることに対して、そのような認識を持つことは、生きる上において最も重大なことです。
(6月1日)

無限のつながりによって

私たちは、両親があって初めてこの世に生まれてきました。その父、母にはまた親がいて、そしてそのおばあちゃん、おじいちゃんにも親がいる。そのようにたどっていくと、無数の先祖がいるわけですから、ご先祖さまのいのちを受け継いだ両親が、私という人間を生んでくださったということです。言い換えれば、私たちのいのちの中には、無限のご先祖さまのいのちがこもっているのです。

そのように考えますと、自分を生んでくれた親のために尽くすことは、人間にとって最も根本的なことであり、ご先祖さまを大切にすることは、とても大事であります。佼成会でも「先祖供養」は、大事なことの一つとして教えられています。

私たちのいのちの中には、無限のいのちが宿っています。そのような自分のいのちの不思議を心から痛感して、その尊厳に目覚めたら、もうそれだけで人間の道の第一歩に立ったと言うことができます。
(6月1日)

手にしている有り難さに気づこう

『法句経(ほっくぎょう)』に、「人の生(しょう)を受くるは難(かた)く、やがて死すべきものの、いま生命(いのち)あるは有難(ありがた)し。正法(みのり)を耳にするは難く、諸仏(みほとけ)の世に出(い)づるも有難し」と教えられています。

私たちは今、人間としてこの世に生を得て、仏さまの教えに沿って人生を過ごさせて頂いています。これは本当に有り難いことです。

お互いさまに有り難い教えにつながれているわけですから、その道を精進させて頂くことが私たちの務めです。
(6月1日)

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