ミンダナオに吹く風(4) 写真・文 松居友(ミンダナオ子ども図書館代表)

ミンダナオで起きている三つの戦闘

2001年に「ミンダナオ子ども図書館」を創設してから、15年以上活動を続けてきた間に、イスラム地域だけではなく、それ以外の山岳地域でも幾たびも戦闘が起こった。戦闘が勃発して避難民が出ているという情報が入るたびに、罪の無い子どもたちのことを放っておけずに救済活動をしてきた経験から、現地で起こる戦闘には3種類あることが分かってきた。

一つは、イスラム地域におけるムスリムの反政府ゲリラと政府軍との戦闘。この戦闘は大規模で、時には米軍も加担して120万人を超える避難民が出たときもあった。

二つ目は、NPA(新人民軍)と政府軍との戦闘。NPAとは地元では共産ゲリラとも呼ばれていて、主に山岳地帯を拠点に反政府活動を行っている。そこに政府軍が投入されて戦闘が起こる。

三つ目は、地域の有力者同士の対立から生まれる戦闘で、「リドー」と呼ばれている。ミンダナオの有力者は、日本では考えられないほど広大な土地を持つ地主たちで、その土地には時に1000人を超える住民たちが暮らし、彼らは小作であると同時に、地主間で土地問題や政治対立が起きた時には民兵となって戦う。リドーは、そうした地域紛争なのだ。

ぼくが、2001年に大量の避難民を見てショックを受けたのは、一つ目のイスラム地域における政府軍と反政府軍の戦争だった。この時の戦争は、「バリカタン」と呼ばれていて、表向きは米軍とフィリピン軍の合同演習なのだけれど、実は、政府軍と米軍による反政府軍の掃討作戦だった。砲弾と射撃、時には空爆の中を多くの人々が逃げ惑い、軍に応募したばかりの若い兵士たちが最前線に立たされて死んでいった。もちろん、罪の無い市民にも、多くの犠牲者が出た。

すでに40年以上にわたるこの戦いの発端は、1960年頃に始まったイスラムの分離独立運動であるといわれている。フィリピン政府とイスラム反政府勢力MNLF(モロ民族解放戦線)は、1976年に「トリポリ協定」でイスラム自治区の成立に関する署名をしたのだけれど、その履行をめぐって武力紛争が再発。さらにその後、和平協定に不満を持ってMNLFから分派したMILF(モロイスラム解放戦線)と政府軍との間で、新たな武力衝突が起こり始めたのだ。

弾痕の残る柱と壁

ミンダナオ子ども図書館のムスリムの奨学生たちの話によると、特に1998年のエストラーダ前政権の時の戦争はひどかったという。反政府地域から来た避難民たちは避難場所にも入れてもらえず、政府や国際NGOによる救済支援もなく、木の枝を立てた上にヤシの葉をふいただけの寝場所で、1年半にわたる避難生活を余儀なくされた。日々の食べものにも窮し、体力が衰えていくと同時に、汚れた水を飲むが故に病気になり薬も得られず、特に子どもたちが死んでいった。

過去40年以上にわたるフィリピン南部の紛争の死者数は、12万人以上といわれていて、その多くは罪の無い子どもたちだ。

プロフィル

まつい・とも 1953年、東京都生まれ。児童文学者。2003年、フィリピン・ミンダナオ島で、NGO「ミンダナオ子ども図書館」(MCL)を設立。読み語りの活動を中心に、小学校や保育所建設、医療支援、奨学金の付与などを行っている。第3回自由都市・堺 平和貢献賞「奨励賞」を受賞。ミンダナオに関する著書に『手をつなごうよ』(彩流社)、『サンパギータのくびかざり』(今人舎)などがある。