『現代を見つめて』(17) 文・石井光太(作家)

「想定外」な行動の奥に

日本の火災における死亡者は年間千人ほど。そのうちの七割が、六十五歳以上の高齢者である。

どの自治体も一人暮らしの高齢者への見守りに力を入れている。孤独死だけでなく、火災が起きた場合、近隣住民にまで被害が出るためだ。

とはいえ、福祉関係者は見守りの難しさを異口同音に語る。いくらマニュアル通りに対策をしても、想定外のことが起こる、と。

次のような出来事があった。

アパートで、夫を失った八十代の女性が一人暮らしをしていた。頭はしっかりしていたが、大きな手術をして以来、心身ともに弱って引きこもりの生活が続いていた。

福祉の担当者は、本人や親族と話し合い、事故防止のためコンロをIHに変え、石油ストーブをエアコンに付け替えるなどした上で、業者による夕食の配達や週に一度の家庭訪問によって見守りを行っていた。

ところが、真冬の寒い夜、アパートの部屋から出火。女性は大火傷(やけど)を負って病院に運ばれ、数日後に亡くなった。

なぜ万全を期したはずなのに火災が起きたのか。

実は女性はエアコンを利用せず、トースターをストーブ代わりに使っていて、それが布団に引火したのである。認知症でもないのに、なぜそんなことをしたのだろう。

息子は次のように語った。

「おふくろはエアコンが体に悪いと言って、IHにする前はガスコンロの火で手を暖めることがありました。なんでそんなことをするのかと聞いたら、『昔、夫とよくたき火をしたことを思い出すの』と言ってました。トースターで暖を取っていた時も、かつての楽しかった記憶に浸っていたんじゃないでしょうか」

高齢者がする「想定外」の行動には、しばしば本人にしかわからない過去の思い出が密接に関係していることがある。この女性にとって「火」は人生を彩る大切なものだったのだろう。

事故は防がなければならない。しかし、同時に思い出も大切にしたい。マニュアルを一律に押し付けるのではなく、個々に寄り添った形での見守りを考えていきたい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)、『砂漠の影絵』(光文社)がある。