『現代を見つめて』(16) 文・石井光太(作家)

心に届く一枚の手作りクッキー

全国の自治体の多くで、敬老の日に高齢者に対して祝い金を送る制度がある。だが、近年、自治体の財政難からそれを中止することが相次いでいるそうだ。

このことでふと思い出したのが、かつて葬儀会社を取材した時のことだった。そこは、自治体から、生活保護受給者など支払い能力のない人の葬儀を格安で請け負っていた。二十万円前後で葬儀から埋葬まで一括して担うのだ。

葬儀会社の職員はこう語っていた。

「高齢者の中には自殺も多いんです。自殺かどうかは死亡日でわかるんです。書類を見ると、敬老の日か、誕生日になっている人が多い。そういう人は、たいてい独居生活を長年送った末の自殺者です」

本来は高齢者の長寿を祝うための記念日だ。だが、誰ともかかわらず一人で目標もなく生きている者にとっては、特に孤独を感じる日となってしまう。ゆえに、その日に自殺者が多くなるそうだ。本来は目出度(めでた)いはずの日が、逆に孤独を感じさせて死へ追い込むことになるなんて。

ある日、某福祉関係の講演会でそのことを話した。終わった後、二十代の社会福祉士の男性が歩み寄ってきて言った。

「うちの自治体でも祝い金は中止になりました。でも、何とかしなきゃって思って、同僚たちとクッキーを焼いて敬老の日に配ったんです。そしたらみんな涙を流して喜んでくれたんです。お金じゃなく、心なんですよね」

毎日を狭い部屋のテレビの前で一人過ごす高齢者にとって、一枚の手作りのクッキーがどれだけ温かなものか。

自治体の財政がひっ迫することで、祝い金の支払いが中止に追い込まれることはやむをえない。だが、まとまったお金でなくても、一枚のクッキーで救われる人は大勢いる。

そのことを、自治体も含めて多くの人が考えれば、財政は苦しくとも日本は今よりはるかに高齢者にやさしい国になるのではないだろうか。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)、『砂漠の影絵』(光文社)がある。