『現代を見つめて』(15) 文・石井光太(作家)

親と子の間を隔てるもの

親と子の結びつきとは一体何なのだろう。老老介護が原因となった夫婦間の殺人事件を取材してつくづくそう思った。

現在、日本で起きている殺人事件の半数以上は、家族間で行われている。中でも、老老介護が原因の事件は近年急増している。

老老介護殺人事件と聞いて、どういうイメージを抱くだろうか。大半の人は、高齢の夫婦が孤立して、相談者がいない中で精神的に追い詰められていく状況を思い描くのではないか。だが、私が取材した六件の事件は、すべて加害者が子供夫婦と同居していたり、子供たちと頻繁に連絡を取っていたりした。

たとえば、千葉県の事件。脳梗塞の後遺症で苦しむ夫を、介護に疲れた妻が殺害したのだが、家には息子夫婦と孫が同居していた。

妻は事件を起こした理由を次のように述べた。

「六年間、一人で夫を介護し続けてきました。家には息子夫婦がいましたが、仕事で忙しく介護を手伝ってもらえませんでした。夫を老人ホームに行かせるために、家を売ってお金をつくりたいと言っても立ち退いてくれません。それでどうしようもなくなったのです」

一般的に、息子夫婦と同居していれば、老老介護の負担は減ると考えられている。ゆえに同居家族がいた場合、受けられる介護サービスの内容が若干変わることがある。

だが、現代の親子関係において、必ずしもそうはならないのかもしれない。同じ家に暮らしていても、親と子の間には分厚い壁が立ちふさがっているのだ。

ケアマネジャーの言葉である。

「昔、幸せは家族ありきでした。でも、今は『自分の幸せ』が一番。だから親子が同じ家に暮らして会話もするのに、大変なところには関与しないんです」

個の幸せを追求するあまり、家族との関係性が切れてしまっているのだ。

家族の幸せと個の幸せは、相反するものではなく、重なり合って成り立つもののはずだ。高齢社会の中で、私たちはそのあり方をもう少し考えていく必要があるのだろう。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)、『砂漠の影絵』(光文社)がある。