『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(6) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

祈りの効力

現代では、科学が発展するにつれ宗教は後退したが、今では逆に、祈りには効力があるという科学的主張が現れてきている。もしそれが正しければ、お盆や原爆の日、終戦記念日における祈りも、本当に死者の助けになるのかもしれないし、結果的に生きている人々にも影響するのかもしれない。迷っている死者たちが増えれば、この世界に災いをもたらすと、伝統的には信じられてきたからだ。ゆえにお盆や戦没者慰霊は、人々の幸・不幸に関わる共同の重要事ということになる。

もっとも、伝統的信仰に基づいて共同して祈れば十分というわけではない。以前は、家族やコミュニティーで同じ宗教が信じられていることが多かったから、一つの宗教ないし宗派で祈ればよかった。けれども今では考え方が多様になっている。まして国民全体においては、多くの宗教や信仰が存在するから、特定の方式で統一的に祈ることは困難だ。このような時代性にこそ、靖国神社をめぐる政治的問題の根源がある。

ここで私たちは、やはり公共性の問題に直面する。お盆や戦没者慰霊は、国家行事としてではなく、まさに公共的な国民的行事である。8月は、目に見えない世界に対して、コミュニティーとして公共的な行事を行う月なのだ。そして宗教や信仰が多元的だからこそ、私たちは特定の形式を超えて共に祈る必要がある。

比叡山宗教サミット30周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」

これは言うは易(やす)く、行うは難しい。だからこそ、多くの宗教や宗派が集って共に祈る場は貴重だ。そのような試みとして、8月には比叡山宗教サミット(8月3、4日)や新日本宗教団体連合会(新宗連)の戦争犠牲者慰霊(8月14日)などが行われている。これらは、宗教協力によって公共的な祈りを捧げる先進的なモデルである。

多くの人々が心を合わせて祈ることによって、より大きな効力が生じる――それゆえにこのような式典が開催されるのだし、科学的にもそのようなデータが提示され始めている。共同で行われる大規模な祈りには、個々人の祈りを超えた力があるというのだ。

新宗連青年会主催による「第52回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典」

戦没者慰霊のための公共的な祈りは、過去の戦争を反省し、今後の平和への志を新たにするために役立つ。今の政治状況では、これは特に重要だ。多くの人々による公共的な祈りには、それ自体に大きな力があるがゆえに日本と世界の平和を保ち、築くことに寄与する――そういう可能性に思いを馳(は)せつつ、宗教間協力による公共的な祈りが、津々浦々にまで広がっていくことを願いたい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など