『現代を見つめて』(13) 文・石井光太(作家)

愛する我が子を自らの手で…

「私は子供を愛していました。でも、殺してしまいました」

日本全国の児童相談所に寄せられる相談件数は去年十万件を超えた。日本小児科学会は、一日一人くらいの割合で子供が親に殺されていると推測している。

私はこれまで我が子を殺した親たちの取材を行ってきた。ある親は我が子を真っ暗な部屋に二年間放置して殺害し、ある親は自室で嬰児(えいじ)を二回にわたって死にいたらしめた。

メディアは彼らを「鬼畜」と呼んで批判する。だが、実際に親たちに会って話をしてみると、ほとんどの者が同じ言葉を口にする。それが冒頭の言葉だ。

初めて聞いた時、私は彼らが言い訳をしているだけではないかと疑った。だが、生い立ちを調べれば調べるほど、彼らなりに子供を愛していたのかもしれないと考えるようになった。

足立区で、三歳になる我が子をうさぎ用ケージに数カ月間監禁して死にいたらしめた両親がいた。夫は、生まれた時から自分の母親にゴミのように見なされていた。母親は五人の子供を産んだものの、彼を含めて全員を乳児院と児童養護施設に捨てた。出産の前から乳児院に予約を入れて病院からそのまま預けたのだ。

母親は小学生になった彼をレンタル・ペットのように時折施設から連れ出し、夜の街を連れ歩いた。愛人に会わせたり、酒に付き合わせたりする。一方で、飽きると数日で施設へ送り返す。息子が中学を卒業した時、自宅に引き取ったものの、風俗の仕事と遊びに明け暮れて帰らない。電気が止められた家で、息子は一人ぼっちだった。

こうして育った息子は、愛情をまったく知らない大人になった。家庭が何なのか、子育てが何なのか、愛することが何なのかわからない。同じ境遇の女性と巡り合い、七年間で七人の子供を作り、生活保護を受けながら十数匹の犬猫と暮らす。

夫は、うさぎ用ケージに閉じ込めた理由をこう語った。

「泣いていてうるさいから」

彼は母親に動物のような扱いを受けてきた。だから、彼も息子を同じように扱った。「うるさい」というだけで、うさぎのようにケージに閉じ込めて放置するのが子育てだと思っていたのだ。だから、堂々とこう言えるのだろう。

「愛していたけど、殺してしまいました」と。

生まれついての鬼畜はいない。だが、愛し方を知らない人間の行為が、鬼畜の所業となることはある。

鬼畜は、人間が作り出すものではないだろうか。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界の産声に耳を澄ます』(朝日新聞出版)、『砂漠の影絵』(光文社)がある。