栄福の時代を目指して(21) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)
「国難」における不正義――目詰まり論における博打と噓と悪
では、日本政府の対応はどうだろうか。日本政府は、アメリカ・イスラエルの先制攻撃について、法的な判断を回避し続けている。他方で、イランの周辺国攻撃を非難するG7外相声明(3月21日)に加わっており、二重基準という不均衡が存在している。その上に、「国際公共財」という論理を用いてホルムズ海峡開放を要求したので、日本が「敵国」に加担しているとみなされる危険性すらあり得た。
第18回で書いたように、高市早苗首相はトランプ大統領と会って媚態(びたい)を示して抱きつき、ひたすらにアメリカを支持している。戦後の日本はアメリカ追随外交をしてきたものの、これほど極端なものはなかった。
福利計算で正当化しようとすれば、日米同盟においてアメリカが日本を庇護(ひご)している以上、アメリカに従うことが日本国民の幸福を増進するということになる。このような計算は、ベネズエラ大統領誘拐のように短期で終結すれば、成り立つかもしれない。しかし、事態が長引きアメリカが敗北に向かっている以上、誤りが明らかになってきた。アメリカ追随によって、原油やナフサの確保が困難になり、代替輸入を行っても不十分なので、値上げや物品欠乏によって国民生活が窮迫しつつある。だから、福利計算が誤っていたことになる。
法の遵守を求める立場(リベラリズム)からしても、政府の姿勢は正しくない。国際法違反を明言しないのは、国際法を蔑(ないがし)ろにし、弱体化させる。イランの戦争犠牲者についても日本政府が遺憾の意を示したとは、寡聞にして聞かない。それどころか、(上記合意以前には)ホルムズ海峡に釘付けになっている船員たちの生命や健康を気遣って救出の努力をしているという情報もなく、国内で困っている業者や人々の生活や生命にも配慮が見られない。
政府がこのような目的のために財政支出を行うのは、危機において特に困っている弱者に対する再分配政策とみなせる。よって、声明では補正予算や、つなぎ融資という現実的政策も要請している。ところが、ようやく政府は6月5日に補正予算を成立させたものの、これらの政策を具体的にはほとんど講じていないように見えるのである。
そして徳義共生主義から見れば、第19回で述べたように、アメリカ・イスラエルの不正な戦争に暗に日本が加担することは、倫理的な悪の共犯になりかねない行為だから、そもそも不正だ。アメリカ随従政策が、日本国民を苦しめるなら、日本国民というコミュニティーにおける共通善に反している。日本国民の生活を守ることが政府の第一義的な役割だから、その「公共善」に即して行動しなければならない。これが「徳義ナショナリズム」の要請だ。
政府は未だに、原油やナフサなどの供給に問題があるのではなく、途中で目詰まりが起きているからだと説明し続けている。そこで、記者会見ではエネルギー問題の専門家から、データ分析に基づいてその虚偽とごまかしを説明して頂いた。
このような虚偽説明をしている理由は、支持率の維持だろうが、「パニックを防ぐため」という理由も挙げられている。福利計算からは、パニック防止は人々の不幸を減らすことになるという擁護論が考えられる。しかし、長期化して深刻化すれば、生活や生命の危機が起こるし、より大きなパニックが生じるだろう。いわば博打(ばくち)を打ったようなものだ。失敗した場合には、途方もない犠牲が生じかねない。
法の遵守という観点(リベラリズム)から見ると、虚偽の政府説明は、「噓(うそ)をつくなかれ」という道徳律に反する。また、物品欠乏を公表した企業に対して、政府が圧力をかけたと報じられている。これは、企業活動の自由に対する介入に他ならない。よって、市場経済の自律性を尊重する立場(リバタリアニズム)から見ても、このような圧力は不正義である。
さらに徳義共生主義から見れば、政府の噓は道徳的な悪だ。政府への信頼を失わせてしまう。同様に、自民党総裁選や総選挙におけるデジタルなネガティブ・キャンペーンについて、野党からの追及に対して高市首相は噓をついたことが発覚した。辞任を求める声が増え続けているのも当然である。
同時に、現実の供給不足による物価高騰や商品欠乏は確実に生じている。これは、明らかに日本国民の共通善に反する政策である。
だから、この点についても、代表的学問的政治哲学から、一致した判断が導き出せるだろう。
不正な総選挙に対する徳義共生民主主義――直接民主主義的な意思表示
そしてデジタル・ネガティブ・キャンペーンの問題は、前回に述べたように、総選挙における不正という深刻無比な問題に直結する。この論点に関して、福利計算による正当化は許されない。民主主義を否定することになってしまうからだ。
このような行為は、法的規制に反しているという指摘があり、秘書がそのような行為をしているのならば、連座制によって首相も辞任を余儀なくされるという批判がある。法的違反という視点(リベラリズム)からも不正義なのだ。
仮にネット空間の急拡大に法的規制が追いついておらず、法的違反を免れるとしても、民意を問うという民主主義の理念からして、選挙の本義に反する倫理的不正であることは疑いの余地がない。これは、徳義共生主義的な議論だ。
だから、現在の政府が進めている立法や政策は止めるべきであり、選挙をやり直すべきだ、という意見も広がりつつある。たとえば、作家・平野啓一郎氏は「もしこの卑劣な手段を使わなかったなら、彼女は首相になれなかったし、自民党がこれほど大勝することもなかった。つまり、間違った人間が総理になってしまった間違った世界に、私たちは今生きているということ。元の世界に戻るべき」という投稿をXで行った(6月10日)。
このような意見が広がることの意味は、いま特に大きい。政府は、衆院定数削減や、国民投票法・皇室典範の改定というような、日本の政体や民主政の根幹に関わる立法を矢継ぎ早に行おうとしているからだ。倫理的に不正な選挙によって成立した政権がこのような立法を性急に行うことは、まさしく危機そのものだ。健在な政権が成立したら、このような立法はみな廃止し、議論や審議をやり直すべきだろう。
まずは政権の暴走を止めることが先決だ。最新の英語論文で、徳義共生主義に基づく民主主義について「徳義共生民主主義(ethical communitarian democracy:ECD)」という概念を提起した。倫理的に不正な政府は、まさしく徳義という倫理的理想の対極である。前回に述べたように、衆議院選挙の倫理的不正のために片肺議会制になっている以上、私たちの署名活動は、その限界を超えるための直接民主主義的なアプローチなのである。
同じように「change.org」(オンライン署名サイト)で行われている「この衆議院選挙は無効だ」「国会議員比例定数の削減をやめさせましょう」なども、数万以上の署名を集めつつある。人々の直接民主主義的意思表示は、全体として、倫理的に不正な総選挙を糺(ただ)し、政権への不信任を示しているのである。
文明論的危機に対する多文明主義――徳義共生外交への転回
この声明は、長期的に見れば、戦後の日米同盟至上主義の限界と、新しい外交の必要性を示している。第14回に書いたように、第2次トランプ政権の成立は、文明論的危機の表れであり、西洋文明やアメリカ中心主義の後退を象徴している。イランとの戦争で敗北することによって、アメリカは覇権国の座から急速に滑落するだろう。これに代わって重要性を増すのは、中国やロシア、そして中東の文明である。
よって、多文明主義が今後の指針となろう。各文明が、相互に理解し承認して、敬意を払いつつ共生することが、その要諦だ。それは「徳義共生外交」に他ならない。日本は、西洋文明やアメリカ文明とも友好関係を保ちつつ、他の大文明とも友好関係を築くことが必要になる。
文明間の対話と友愛外交の理想主義的現実性
現在のペゼシュキアン・イラン大統領(第9代)が保健医療教育相を務めていたころ、当時のハタミ大統領(第5代)は、「文明の衝突」の危険に対して「文明の対話」を提唱した。「文明の衝突」が戦争へと昂進(こうしん)してしまったが、今こそ、文明間の対話に基づく友好的外交を日本は展開すべきだ。アラグチ外相はもと駐日大使で親日派として知られている。セアダット駐日大使には、お会いした際に文明間対話に関心があると申し上げたのだが、声明における宗教的・倫理的要素に共感を持たれたように見えた。
イラン政府は日本に対し、歴史的友好関係に基づいて、政府が個別に交渉して調整すれば、ホルムズ海峡の船舶通過が可能になることを繰り返し示唆し、私たちもセアダット大使からこの点を確認した。また出光丸の通過を認めたのは、日本政府が個別に要請したからではなく、イラン政府の独自の判断によるものであると伺った。その時、イラン大使館は、日章丸の画像を投稿しており、過去における友好関係に基づく通過であることを暗示していた。
このように、イランは信義を重んじる外交を行っている。これは、徳義共生外交と響き合う。アメリカ追随外交を脱して、イランとの友好関係を再確認して発展させることが、新しい日本外交の試金石となるだろう。
このような友好的外交は、国家間の友愛に基づく。友愛は、宗教的な愛・慈悲・仁と通底し、政治・社会における最大の美徳の一つである。鳩山元首相は、友愛の理念と友愛外交を長く唱えてきたから、この声明や署名活動に関わっているのも偶然ではない。同時に、この声明には、日本の社会運動家である賀川豊彦の友愛理念を継承する代表者・研究者たちも呼びかけ人として加わっている。戦前から戦後にかけて賀川は、キリスト教的な社会運動を展開し、「友愛の政治経済学」を主張して協同組合を創設したのである。
友愛のような理念は、非現実的という冷笑的視線を浴びることもあった。けれども、文明論的転換とともに、時代は変わろうとしている。「力こそ正義」を公言したトランプ政権の敗北は、その象徴だ。理想主義的な友好的外交こそが、現実性を持つ時代へと突入しつつある。そして、このような友愛外交は、多極化時代における多文明主義的な外交方針として、今後の日本外交の基本的指針となるべきものであり、いずれは中国など他の文明にも適用されるべきだ。私たちは、巨大な世界史的激震に立ち会い、それを目撃している。アメリカの敗北によって文明史的な転換が生じつつある以上、今こそ日本は徳義共生の国家として生まれ変わらなければならないのである。
プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。





