利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(86) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

アベノミクスによる幻想経済の破綻という因果

ここで国民全員が目を背けずに直視しなければならないのは、政治経済双方の深刻な事態は安倍政権以来の政治経済政策の帰結だということである。政治については、安倍派の凋落(ちょうらく)と解散が平家物語のような因果応報である(第81回参照)のと同様に、安倍派が主導してきた自民党もまた失墜の運命を免れないだろう。経済については、超金融緩和政策というアベノミクスの中心的政策は、短期的には「貨幣供給→株価上昇→好景気」という表面的繁栄を生み出したが、実際には、富裕層にはメリットがあっても経済格差の増大を生み出し、産業の革新を遅らせて、実体経済の停滞をもたらした。この結果、円安とあわさって、今月まで実質賃金は24カ月連続して減少し、1991年以降で過去最長となっている。要は人々の生活が貧しくなったということだ。

これは、国家の経済全体の衰退に対応している。円はアメリカのドルに対して安くなっているのではなく、他の多くの通貨に対しても安くなっている。つまり、日本の円が通貨として弱くなっているのだ。この「円弱」は、日本の経済的衰退を表している。実際、「1人当たり名目GDP」では日本はイタリア、台湾、韓国、スペインよりも落ちて38位となっていてG7で最下位である(4月のIMF推計データ)。「名目GDP」も、2024年には、人口が3分の2のドイツを下回って世界4位に転落し、インドにも迫られている。もはや、経済的には先進国よりも中進国の範疇(はんちゅう)に落ちつつあると言わざるを得ない。ここには円安の影響もあるが、これらの順位は日本経済の相対的低下という国力の衰退を如実に表しているのである。

この経済的失敗の責任は、一にかかって安倍政治路線と、黒田東彦(はるひこ)元日銀総裁にある。筆者は、アベノミクスが始まった頃(2013年)から、これが繁栄の幻想をもたらす虚構の経済政策であることを批判し続けてきた。幻惑されてきた人々も多かったが、10年余にして、日本経済の衰退という結果が明白に現れたことになる。旧統一教会問題や裏金問題と同じように、安倍政治の実態が経済的結果としても露呈してきたのである。

徳義の新政治経済へ

ここにおいても因果応報は避けられない。日本人が総体として10年以上もの間、安倍政治の流れを容認してきたのだから、そのマクロな結果が国家の衰運、生活の貧困として現れてきているのである。外国人が日本に来て、豊かな買い物や美味しい食事をし、日本人の多くは節約生活を強いられることになった。これが、間違った政治を支持し続けたことの結果なのである。

よって、通貨当局が最善を尽くして経済的破局を避けるように努めても、因果の理(ことわり)によって一定の苦痛が人々を見舞うことは避けられないだろう。政治がさまざまな虚偽や隠蔽(いんぺい)による権力維持、権力者周辺の私欲追求を行ってきたのだから、日本が真の繁栄を維持して人々が豊かな生活をし続けることは無理なのだ。政治的な公私混同や腐敗、強権化は、発展途上国によく見られることだから、これは不思議ではない。日本政治の荒廃は経済の退行をもたらし、日本はもはや先進国の範疇から脱落してしまったのである。

通貨危機が爆発して経済的破局に至れば、戦争の場合と同じように人々が塗炭の苦しみをなめることは避けられない。通貨当局や個々人の努力や知恵によって和らげることは可能でも、苦難から完全に逃れる術(すべ)はない。この事態に対して植田日銀総裁など現在の通貨当局には直接の責任はないが、積み上がった日銀の債務状況や介入資金の限界をすぐに変えることはできないから、最善を尽くしても、できることには限界がある。悪しき結果が現れることを完全に阻止することは不可能だ。また個々人に対しては、先述の論者たちが円を外貨に換えるなどの方法を示唆しているが、日本人が全員そうすることは現実的にはあり得ないし、仮にそうした場合には通貨暴落が生じてしまうのである。

よって、私たちがすべきことは、この憂鬱(ゆううつ)な事態とその原因を正しく見て、この巨大な失敗から学び、過ちを正して本道に戻るように正しく努めることである。もちろん不可避の結果を和らげるため、自らに可能な経済的努力をすることは大事だ。それとともに、通貨当局が最善を尽くして結果の現れ方が可能な限り小さくなることを祈りつつも、徳義に基づく健全な政治経済へという大転換を求めて声を上げることが、真実を直視できる人々のなすべきことに他ならない。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)』など。

【あわせて読みたい――関連記事】
利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割