利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(82) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

正義を実現する権力

安倍政権が2020年に検察官の定年延長を閣議決定して、それを可能にする検察庁法改正案を国会で審議入りさせた時、人々から抗議が広範に巻き起こり、政権は断念に追い込まれた。政権による検察人事介入が、検察、ひいては司法の独立性を失わせると危惧されたからだ。この大きな事件が、三権分立を辛うじて残し、今回の捜査を可能にしたと思われる。この因果を思えば、前回に平家物語を援用して書いたように、安倍派に特に大きな打撃が加えられたのも、因果応報で宜(うべ)なるかな、と思える。

この捜査には、検察や司法による正義が存在する。日本には今、道理に反する政治権力の不正があって絶望感を持つ人々が多くなっているから、正義が甦(よみがえ)る希望をここに感じることができるだろう。検察には、なお脱税による立件を望む声もあり、正義の実現に最善を尽くすように期待したい。

とはいえ、日本全体の帰趨(きすう)を決めるような問題の巨大さから見て、検察だけに期待するのは難しい。日本という国家の命運は、究極的には国民全体で決めるべきことだ。今年は秋に自民党総裁選挙があるので、国政選挙が行われる可能性も少なくはない。その場合、どのような政党や政治家が人々の支持を得ることができるだろうか。その結果によって、政治権力には大きな変動が生じ得る。もし、政治的浄化を遂行するような権力が成立すれば、それこそ、神獣たる竜の象徴する新しい政治に相当するだろう。

そのような政治は、徳義に基づいて人々の共生を可能にするものに他ならない。ちょうど本稿執筆の直前、1月15日の午前7時ごろに、流れ星の中でも特に明るい「火球」が関東地方を中心に広範な地域で観察された。災害や、疫病、特異な天体現象は、古代東洋思想では、天による災異(さいい)・天譴(てんけん)・瑞兆(ずいちょう)などと思われて、政治的な不正や乱れを示し、大変化の予兆だと思われていた。それに倣って言えば、今年こそ、動乱の末に、倫理的な政治が不正を糺(ただ)して正義の実現への歩みを始めていく――これが、災害で幕をあけた年において、辛うじて望みうる希望かもしれない。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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