共生へ――現代に伝える神道のこころ(21) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部教授)

全国で一番多く見られる最も著名な巴紋

神紋の起源は主として、祭神に関する伝承や、神職または有力な氏子の由緒に基づいて生まれたと考えられている(岡田米夫著『日本史小百科 神社』、近藤出版社)。また、神紋は大きく、(1)神紋(2)社紋(3)社家紋という三種類に分けられる。(1)は、神社に祀られる御祭神の紋のことで、狭義の意味での神紋である。(2)は神社の表徴(しるし)にあたるもの。(3)は神社に代々奉仕する神主家(社家)や氏子らの家紋であるが、奉仕する神主家自体が祀られている御祭神の子孫というケースもある。また、神社によっては神紋は一つではなく、祀られる御祭神の数や歴史的な由緒によって、二種類以上が神紋として用いられている場合もあり、祀られる御祭神ごとに異なる場合もある。

神紋の代表ともいうべき紋所は巴紋(ともえもん)で、全国の八幡神社で多く用いられている。八幡神社以外にも茨城県の鹿島神宮や千葉県の香取神宮、京都府の八坂神社などの著名な神社でも神紋となっており、全国で一番多く用いられていることから最も著名な神紋とも言える。

八坂神社の門柱に刻まれている神紋。同社では、巴紋(門柱上部左)と木瓜紋(もっこうもん)を神紋としている

巴紋が用いられる八幡神社の中でも、鶴岡八幡宮(神奈川県)では、替え紋として社殿などに巴紋が用いられているが、鶴丸と呼ばれる鶴紋を神紋としている。この鶴紋は、由比若宮と称される同宮が現在の地に遷座される以前に鎮座していた由比郷鶴岡の「鶴」の地名にちなんだものとも伝えられる。天にも届くほどの鶴の甲高い声は立身出世を示すとされ、鶴の習性からも良縁や夫婦円満の縁起があることから、祝いの席で用いる文様としても知られている。鶴岡八幡宮が鶴丸を神紋とするのは、先に掲げた由緒に加え、鎌倉幕府を開いた源頼朝が天下統一を祝って、八幡宮から吉祥の印として千羽の鶴の足に金の短冊をつけて、一斉に飛び立たせた故事にもちなむ。このほか、八幡神の神使が鳩(はと)であることから鳩紋を神紋としたり、社号額の「八」に鳩を記したりする社(やしろ)もある。八幡社とともに神社数の多い稲荷社については、賽銭箱(さいせんばこ)や幟旗(のぼりばた)などに稲紋が刻まれていることが多いが、稲荷宝珠と呼ばれる仏教的な神紋が替え紋として用いられている場合もある。

また、靖國神社には拝殿に張られた幕の左右に十六弁の菊の御紋がある。この御紋のある幕は、祭典がある際には紫の幕、平時は白の幕である。菊花紋は明治時代以前、皇室との関係が特に深い神社や寺院のみで使用を許されており、三重県の伊勢神宮や京都府の賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂=かみがも=神社)、賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)、仁和寺や聖護院など、ごく一部の社寺のみが使用できた(伊勢神宮では古来、神紋はなかったが、明治期に入り十六葉菊花紋と社殿の飾り金具に用いられてきた花菱(はなびし)を神紋的に用いている)。

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