利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(63) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

ロシアとの新たな「文明の衝突」

ロシアのウクライナ侵攻の背景には、プーチン大統領の大ロシア志向が原動力となっている。ウクライナ人とロシア人を歴史的に一体とみなす歴史認識に基づいて、「ルースキー・ミール(ロシア的世界)」を守るための「特別軍事作戦」と主張しているのである。NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大とウクライナのNATO加盟志向が、ロシアの攻撃を引き起こしたのだから、これも「文明の衝突」という側面を持っている。ロシア正教会のキリル総主教が、西欧における同性愛の受容などを退廃的とみなしてウクライナ侵攻を祝福したのは、この点を証している。

イスラームとの間の「文明の衝突」において、国家間での武力攻撃を始めたのはアメリカだから、アメリカに非があり、その敗北に終わった。今回の「文明の衝突」においてはロシアがウクライナ侵攻を開始したのだから、ロシアに非があり、これまでのところ、ウクライナの抵抗によってロシアも大きなダメージを被(こうむ)った。

とはいえ、ロシアだけに問題があったわけではない。ウクライナ侵攻を引き起こした要因として、NATOの東方拡大路線や、バイデン氏(オバマ政権の副大統領当時)のウクライナのNATO加盟支持や対ロシア強硬姿勢、親欧米派政治家支援があることは否定できないからだ。

それを無視して、かつてアメリカがアフガニスタンやイラクに対して行ったように、相手の体制変革を目的にして、ウクライナでの戦争を継続するのは危険である。ロシアが、自分の体制が危険にさらされた場合には核攻撃を行う可能性を仄(ほの)めかしているからだ。

確かにプーチン大統領の政治体制は、権威主義からさらに独裁的性格を強めて、一種の全体主義の方向へと移行しつつあり、その存続は周辺諸国への危険をはらむ。それでも、外部から体制変革を目指さずに、政治体制の自壊を待つことが必要だ。

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