利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(63) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

日本文明の果たすべき平和的貢献

よって日本は、仮に西欧がロシアの体制変革を暗に望んでいても、それに同調すべきではなく、国連に協力して、一刻も早い停戦のために努めるべきである。ウクライナのゼレンスキー大統領が、日本の国会に対してオンライン演説をした時も、日本の経済制裁への参加に感謝の意を表明しつつ、特に力点を置いたのは、ロシアの核兵器使用の危険とウクライナ復興だった(3月23日)。これは、日本国憲法の精神に近く、日本は平和憲法の理念に即して和平の実現へと働きかけ、復興を支援すべきである。

『非戦の哲学』などで私は、「和」を国号とした日本の文明的特色を活かして、平和憲法の理念を「文明の衝突」において発揮するように主張した。核戦争や戦死者の増大を回避するために、今もまたその時が訪れている。世界平和を早急に回復するためには、ウクライナのNATO加盟断念やロシアの要求への一部妥協が必要だろうが、平和のためには耐え忍ぶしかないだろう。アフガニスタンを見ればわかるように、力による支配は時間と共に動揺して崩壊する傾向があるから、ロシアやその支配地域で、人々が現在は圧制によって抑え込まれていても、中長期的には状況の変革が訪れるという希望も存在する。

文明間対話による世界平和

今日の文明間の対立においては、イスラーム文明の西洋文明に対する反発を見ればわかるように、力によって一方の文明を抑え込もうとする試みは、ほとんど長期的には失敗する。文明の根源は、宗教をはじめとする文化にあり、歴史やアイデンティティーによって支えられているからだ。この対立を和らげて世界平和を実現するためには、迂遠(うえん)なようでも、文明間の対話を進めて、地球的文明を少しずつ建設していくしかない。宗教はこのための鍵を成すから、宗教間対話は極めて重要だ。

したがって、ローマ教皇など代表的な宗教者たちが停戦を求める声を上げているのは尊く、各文明の宗教が連帯して世界平和の回復のために働きかけることは、とても大事だ。世俗を超えた世界からの訴えは、血なまぐさい戦争に対して、高い倫理的観点から自省を促すことができる。対立する文明の人々が暴力の渦に陥っている時に、平和への訴えとそのための祈りが、この世界的危機を和らげるために、和の国の人々に求められる務めなのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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