現代を見つめて(71) 難民と共に生きる 文・石井光太(作家)

難民と共に生きる

ウクライナへのロシアの軍事侵攻が苛烈さを増している。二〇二二年四月十七日時点で、ウクライナ難民の数は五百万人を超えたという。

パレスチナで、ベトナムで、アフガニスタンで、シリアで、これまで戦争は膨大な数の難民を生み出してきた。難民となった人々は、戦争が終わったからといって即座に帰国できるわけではない。母国で仕事がなかったり、土地を奪われたり、地域の人間関係が壊れたりすることで、他国に留(とど)まらざるをえない人も大勢いる。そういう人たちは、異国に残り、這(は)いつくばるような生活を余儀なくされることがある。

世界に散らばる難民の今に目を向ければいい。イランやパキスタンでは、今も数え切れないほどのアフガニスタン難民が過酷な肉体労働や家政婦業を低賃金で担っているし、中東ではパレスチナ難民、シリア難民、イエメン難民が同じようなことをしている。

こうした人々は生活できているだけまだ良い方だ。本当の底辺では、そうした職業にすら就けず、原理主義者に洗脳されて捨て駒同然の自爆テロをさせられる男性、イスラムの教義に背いてまで体を売らなければならない女性もいる。

難民が苦しんでいるのは日本でも同じだ。ベトナム戦争が終わった後、日本には「ボートピープル」と呼ばれたインドシナ難民が大勢押し寄せてきた。彼らは主に神奈川県と兵庫県の定住促進センターに振り分けられた後、簡単な日本語教育など短期的な支援を受けただけで社会へ出ることになった。

彼らの多くは日本語を満足に話せなかったため、非正規労働の清掃業など条件の悪い仕事を転々としながら生きてきた。ごく一部ではあるが、彼らの子供たちの中には貧困や差別の中で心が荒(すさ)み、犯罪に手を染める者もいた。

人はこう言うかもしれない。

「生い立ちには同情するが、犯罪は許されない。すべては自己責任だ」

そうなのだろうか。テレビをつけて、ウクライナ難民の親たちが連れている泣きじゃくる子供を見てほしい。この子たちのより良い未来をつくるのは、私たち受け入れる側の責任でもあるだろう。

日本にウクライナからの難民が到着しつつある今、自国の問題として真剣に考えたい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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