共生へ――現代に伝える神道のこころ(8) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部准教授)

武蔵御嶽(むさしみたけ)神社(東京・青梅市)の狛猪(こましし)。全国には、猿や狐、鹿などさまざまな動物の神使が置かれている

神使として祀られた動物たち

狛犬は、天皇や皇后の座である御帳台(みちょうだい)の隅に邪気を祓(はら)う魔除けの意味も含め、鎮子として置かれたことでも知られる。我が国では、もともと尊貴なもののそばにあり、これを守る存在としても考えられてきた。江戸時代以降は、神社の境内に石造のものとして置かれるようになったが、大正九(一九二〇)年に創建された明治神宮のように、古来の狛犬の在り方に倣って、本殿の内陣(御神前に最も近い場所)に置かれているようなケースもある。明治神宮のウェブサイトには、なぜ他の神社のように狛犬が境内に置かれていないのかという理由が掲載されている。人々の目に触れる場所ではないものの、実際にはしっかりと本殿の中に置かれているのである。

狛犬は、神使(神の使者=眷属=けんぞく)の一種であり、邪気を祓い神前を守護するものである。先に明治神宮の狛犬についても取り上げたが、現在では、主に拝殿の左右や参道の入り口の脇などに雌雄一対の形で鎮座している。材質は石製が多く、木製もあるほか、青銅・鉄など金属製、大理石やコンクリート製もある。時代が古いものほど、木製が多い。これは狛犬が門やお堂、社殿の中といった屋内に置かれていたためである。

狛犬の起源はインドやペルシャ、エジプトであると考えられている。その名の由来については、一説には平安時代ごろまでに唐(中国)から朝鮮半島の高麗を経て我が国に伝わり、「高麗犬(こまいぬ)」と称されていたものが、後に「狛犬」の漢字を当てるようになったと考えられている。

また、もともとは左右別々の霊獣であり、外見上の違いとしては、口を開けて吠(ほ)えているのが「獅子」、閉じたものが「狛犬」とされ、狛犬には角が生えているものが多い。狛犬の口の開閉の違いは、東大寺南大門の金剛力士像(仁王像)などと同様、仏教の真言の一つである「阿吽(あうん)」の形であるとされ、「阿」はサンスクリット語で最初の音、「吽」は最後の音で、阿形吽形の一対で宇宙の始まりと終わりを示すと考えられている。

神使は狛犬以外にも、兎(うさぎ)や猪(いのしし)、烏(からす)などさまざまな鳥獣・虫魚がおり、個々の神社に祀(まつ)られる祭神と何らかの由緒、縁があるものが多い。こうした神使を信仰することを眷属信仰と呼ぶ。例えば、稲荷神社の狐(きつね)はもとより、埼玉県の三峯神社が狼(おおかみ)、奈良県の春日大社が鹿、三重県の二見興玉(ふたみおきたま)神社が蛙、京都の北野天満宮が牛、同じく護王神社が猪、大阪の住吉大社が兎であることは有名である。

さらに、岡山県の中山神社には、境内に一見すると狛犬のようにも見える狛猿(こまさる)が置かれており、参詣者を出迎えている。狛猿はほかにも日吉大社や日枝神社などにも置かれ、何事にも「まさる」という語呂とも相まって信仰されている。珍しいものでは、静岡県の三嶋大社の神使とされる鰻(うなぎ)や、秩父神社の梟(ふくろう)がある。神社にお参りされる際には、こうした神使にも着目してみると御利益も一層高まるかもしれない。
(写真は全て、筆者提供)

プロフィル

ふじもと・よりお 1974年、岡山県生まれ。國學院大學神道文化学部准教授。同大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期修了。博士(神道学)。97年に神社本庁に奉職。皇學館大学文学部非常勤講師などを経て、2011年に國學院大學神道文化学部専任講師となり、14年より現職。主な著書に『神道と社会事業の近代史』(弘文堂)、『神社と神様がよ~くわかる本』(秀和システム)、『地域社会をつくる宗教』(編著、明石書店)、『よくわかる皇室制度』(神社新報社)、『鳥居大図鑑』(グラフィック社)、『明治維新と天皇・神社』(錦正社)など。