利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(53) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

全領域における栄福社会のビジョン

この概念には、内的な幸せとともに、外面的な経済的発展も含まれている。少子高齢化社会であっても、一人ひとりの人間の潜在性が引き出されれば、社会的・経済的貢献が可能になるからである。要は、栄福社会とは、全ての人々が倫理的に善き幸福を実現できる社会である。言い換えれば、「善因善果」という言葉の通りに、善い心を持った人々が速やかに幸福になりうる社会である。そのビジョンは、心の領域から始まって養育・教育・医療・看護・コミュニティー・経済・政治・メディアなど、およそほとんどの領域にわたっており、それぞれにおいてウェルビーイングを高める具体的方法を明らかにしつつある。

今年の新年(第47回)に書いたように、善福や栄福は仏教寺院などで用いられてきた概念だ。ここからも分かるように、これらには仏教をはじめとする宗教思想とも類似点がある。なぜなら、栄福社会を実現する鍵は、倫理的・道徳的な善い心だからだ。これは、宗教が説き続けてきたことだし、ポジティブ心理学も科学的にそのための方法を明らかにしている。

「コロナ敗戦」をもたらしつつある要因は、思想的には経済至上主義であり、虚言や隠蔽(いんぺい)のような道徳的・政治的腐敗である。第二次世界大戦直後のように、まさに日本人全員で反省し、新しい政治と社会を構築しなければならない。生命や倫理性・精神性を優先する思想と行動へと移行すべきであり、悲惨な現実を直視して変革しなければならない時が目前に迫っているのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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