共生へ――現代に伝える神道のこころ(5) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部准教授)
一定の寛容さがある日本の神社、神道
例えば、農家が五穀豊穣(ほうじょう)の神である稲荷神を宅地内に小祠(しょうし)を建てて勧請するなど、個人の期待に応えてくれるような神を自邸内に勧請したり、付近に住民共同で奉賛し合って社を設け、一定の利益(りやく)のあるとされる神を勧請したりするような事例が増え、各地に特定神社の信仰が広がりを見せるようになったのである。
なお、稲荷神を邸内の小祠として祀る例は、関西よりも関東に多く、稲荷神社も西日本よりも東日本に多く分布している。特に東京都の稲荷神社の比率は、都内の他の神社に比べて格段に高い。
こうした機能神の広がりは、ある種、日本人独特の神々との付き合い方の一つでもある。神道は寛容性を持つ宗教なので、人々が自分の都合で特別な御利益を求め、その機能を持つ神へとお参りしても、神が特段怒ったりすることはない。小生もよく、「お守りをたくさん持って大丈夫だろうか?」「このお守りとこのお守りは神様がけんかするから良くないと聞くがどうか?」などと聞かれるが、全く問題ないと説いている。絶対的な神を信じる一神教の世界では信じられないかもしれないが、一定の寛容さがあるのが日本の神社、神道なのである。
先に稲荷神が登場したのでもう少し述べておこう。お稲荷さんとも称される稲荷神は、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)(倉稲魂命=うかのみたまのみこと)と称され、もともと伊奈利と記されていた。稲生(いねなり)から「いなり」へと変化し、「稲荷」の文字が当てられるようになったと考えられている。稲は一本の苗から何十粒もの稲粒を生み出す。米は人々の生活の糧であり、人の命の源でもある。それゆえ、保食神(うけもちのかみ)とも称され、繁栄を司(つかさど)る神徳から商売繁盛、事業繁栄、家族繁栄の神としても知られる。総本社は京都府の伏見稲荷大社。神仏習合の時代には荼吉尼天(だきにてん)が習合神と考えられていたこともあり、寺院では愛知県の豊川稲荷、岡山県の最上稲荷などが知られている。伏見稲荷大社では宇迦之御魂大神、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)の四大神(しのおおかみ)を祀っている。全国各神社の末社や小祠等では、おおよそ、この四柱を稲荷として祀っており、岡田米夫氏によれば、稲荷社は小祠を含めて全国に約三万社あるとされる(『全国神社祭神御神徳記』岡田氏著、神社新報社)。狐(きつね)が神の使いとされるのも稲荷社の特徴の一つだ。