『現代を見つめて』(5) 文・石井光太(作家)

人生をおいしく頂く

昨年、故人から一通のハガキが届いた。それは自身の死を知人に伝えるためのもので、似顔絵とともに次のような一文が記されていた。

生きる喜びを 食べさせていただきました

みなさんの友情を おいしく頂きました

ありがとう さようなら

故人の名を、西村滋という。『お菓子放浪記』などテレビドラマ化された作品を多く手掛けた作家だ。

実は、私は西村氏とは同業者として知り合ったわけではなかった。拙著『浮浪児1945―』という、戦後の上野で暮らしていた浮浪児たちのノンフィクションの取材のために、インタビューをしたのである。そう、彼は、戦中から戦後にかけて孤児として主に名古屋や上野で路上生活をしていたのだ。

その過去は壮絶だった。闇市の裏で野良犬と残飯を奪い合った話、浮浪生活の中で仲間が発狂して自殺してしまった話、本屋に通って専門書を盗んでは古本屋に売って食費にしていた話……。戦争が子供をどれだけ悲惨な奈落へ叩き落すのかを知らしめられる体験ばかりだった。

にもかかわらず、西村氏の最後のハガキには、人生の喜びや友情を「おいしく頂きました」とある。これを読んでふと思い出したのは、戦後七十年、児童養護施設で働いてきた女性の一言だった。彼女は施設の子の昔と今を比べてこう語っていた。

「戦後の浮浪児は、戦争で親を失うまで家族の愛情をしっかり受けていた子ばかり。だから、その体験を心の支えにして生きていけるんです。けど、現代の施設にいる子はDV被害児が大半。彼らは物理的には昔ほど飢えてなくても、生まれた時から存在を否定されて親の愛情をまったく知らないから、人を信頼するとか、思いやりを抱くことができにくい。だから、途中で心が折れて生きていけなくなってしまうのです」

きっと西村氏も親を失うまでは家族の愛をちゃんと受けたのだろう。だから、子供時代の数年を浮浪児として過ごしながらも立ち直り、家庭も仕事も充実させ、最後のハガキに喜びや友情をおいしく頂いたと書けたのではないか。

そんなことを思っていたら、氏の友人から「偲ぶ会」を行うというお知らせが届いた。いい人生だったんだな、と思った。

 

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)など著書多数。近著に『砂漠の影絵』(光文社)、『「鬼畜」の家』(新潮社)がある。