利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(49) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

個人における善因善果の科学的立証

政治的な善因善果には多くの人の努力が必要だが、個人の生き方なら、すぐにでも自分の意志で実行して幸福を目指すことができる。拙著『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社選書メチエ)で説明したように、21世紀初めに新しい心理学が現れて、ポジティブな心理状態になれば、健康・寿命や、学業・仕事などで良い結果(パフォーマンス)が現れる傾向が高いことがわかったからだ。

ポジティブな心理とは、簡単に言えば、明るい、善い心のことだから、このような前向きな心で生きれば幸福になりやすいのである。これは、仏教で善因善果と言われていることと重なる。仏教的真理の一部について、その正しさが科学的に確認されたということだ。

このような真理は、日本では経験的な知恵としても伝えられてきた。たとえば、「病は気から」という諺(ことわざ)がある。修道女に関する研究で、若い頃に明るい心理状態だった人たちの方が、暗い心理状態だった人たちよりも、長生きしたことが分かった。人間を長時間、人工的な環境において実験することは難しいが、修道院では全員が同じ環境で暮らしているから、寿命の相違が心理状態に起因していることが立証できたのである。

健康な人の方が幸せを感じる傾向が高いというのは当たり前と思われるだろうが、逆に幸福感が高かった人が後に健康を維持して長寿になったのだから、「心理状態→健康・長寿」という因果関係が判明したわけだ。これ以降も科学的研究が積み重ねられ、ポジティブな心理状態を持っている人の方が健康で長寿になりやすいことが実証された。諺が正しいことが分かったわけだ。

同様に、「笑う門には福来たる」という諺も正しいものであることが証明された。ある女子大学の卒業アルバムにおいて心から笑っていた学生の方が、結婚生活の持続などによって幸福になる傾向が統計的に高かったのである。

明るい心と共に、善い心も大事だ。この心理学では、美徳や道徳的な長所も体系的に分類して調査している。そして個人の特徴となる人格的な強みを生かすことにより、幸福になる確率が高まることも明らかにしたのである。徳義共生主義(コミュニタリアニズム)で重視されている美徳が、人々にしばしば幸せをもたらすわけだ。

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