現代を見つめて(56) 子供と家族のオアシス 文・石井光太(作家)

子供と家族のオアシス

大阪にある「TSURUMI こどもホスピス」をご存じだろうか。

日本には命の危険に直結する難病の子供が約二万人いるとされている。病院で治療を受ける子供たちは、必ずしも全員が完治して社会に戻れるわけではない。にもかかわらず、日本では治療最優先の考えから長らく、回復の見込みのない子供たちまでをも病室にとどめて最期まで過酷な延命治療を強いてきた。何年も病院から一歩も出られず、兄弟にも会えずに亡くなる子さえいた。

そんな状況に疑問を抱いた医師、看護師、保育士、患者遺族らがいた。

「助からないならば、せめて子供たちに生きる喜びを感じさせてあげたい」

彼らはそう考え、病院とは別に、難病の子供が安心して過ごせる場をつくろうとした。一時であっても病院を離れ、子供が好きな遊びをしたり、キャンプやパーティーを通して家族との思い出をつくれたりする“アミューズメント施設”のような空間だ。

何年もの苦労の末に設立されたのが、TSURUMI こどもホスピスだった。ここには看護師などの資格を持ったスタッフが常駐し、子供や家族を迎えてくれる。成人のホスピスのような「看取りの場」ではなく、子供が短い人生を輝かせ、家族を支えるオアシスのようなところだ。

私は先月この施設の成り立ちと取り組みを『こどもホスピスの奇跡―短い人生の「最期」をつくる―』という本にまとめた。詳しくはそちらに譲るが、新型コロナウイルスの影響はここにも及んだ。

子供たちは感染を恐れて利用をためらい、ホスピスも募金の減少で運営が厳しくなった。だが、子供たちの人生の残された時間は刻一刻と過ぎていく。今何もしなければ、生きる喜びを知らずに旅立ってしまう。

ホスピスはクラウドファンディングで資金を募った。すると、目標の五百万円を上回るお金が集まり、新しい活動の目途が立ったのだ。大勢の人の「子供たちの残された時間をより良いものにしてあげたい」という思いが支えたのだ。

今年はコロナ禍に世界中が翻弄されたが、同時に人々の善意を感じられた年でもあった。

――この世には、生きるだけの価値がある。

来年も難しい年になるだろうが、難病の子供にだって、そんなことを伝えられる社会でありたい。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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