利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(40) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

人々の美徳の力

先の二つの明るいニュースは、深いところで結びついているように思える。アベノマスクや、特別定額給付金支給の遅さが象徴する失政にもかかわらず、感染者が減少したのは、人々が美徳を発揮して、戸外の多くの活動を自粛し衛生に心を配ったからだろう。またツイッターデモは、この非常時における最大の民主主義的行動だ。逆説的ながら、外で快楽を追求できないからこそ、人々は政治の実態を直視して自らの意見を発信するという公共的美徳に目覚めたのかもしれない。

要するに、両方とも、美徳に基づく人々の力によって、危機をひとまず脱することができた。ここにこそ、暗い時代の彼方(かなた)に希望があると言える。でも、まだ揺らめいている灯(あか)りを、一時的な凪(なぎ)のようなこの時に、確固たるものにする必要がある。

災いに対して国家や自治体がどう対応するか、これによって人々の運命は左右される。例えばアジアでは台湾をはじめ、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどが、比較的速やかに収束に成功しつつある。日本国内でも、死者や感染者の数が突出している東京都と感染者ゼロの岩手県を両極にして、人口比で見ると地域ごとに大きな違いがある。首長の判断や手腕もかなり影響しているだろう。だからこそ、人々の目覚めと意志が大事だ。政治を浄化して甦(よみがえ)らせることに成功すれば、第二波以降の襲来を抑止することや、被害を小さくとどめることができる。

古来、宗教でいわれていたように、悪しき政治は人々に災厄をもたらす。それを図らずも眼前にすることになってしまったが、政治が本来の機能を発揮できれば、終息と繁栄へと向かうことが容易になる。死者はもう戻らないが、新たな死者を減らして幸福への道を開くことができる。

緊急事態になって初めて人々の公共的意識が目覚めたのは残念だが、「敗戦による民主化」よりは良いだろう。「公共的意識の目覚め→民主化→危機の終息→繁栄と徳義」という好循環を目指したいものだ。

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