利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(38) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

緊急事態の過ごし方:(1)徳による自粛

こうした機会は、新しい価値観・世界観への扉となるかもしれない。私はそれを徳義共生主義(コミュニタリアニズム)という言葉で呼んでいる。その観点から、この緊急時の過ごし方を簡単に考えてみよう。

今もっとも大事なのは、可能な限り感染を回避して、自分はもとより他人の健康や生命を守ることだ。感染してしまえば、自分と共に他人も危険にさらしてしまうからだ。

そこで第一に、共生を可能にするためにこそ、今は不要不急な外出を控えて他人との物理的な接触を最低限にしなければならない。日本の緊急事態宣言の場合は、外出が禁止されているわけではなく刑罰が科されるわけではない。よって他人との接触をなるべく自粛するかどうかは、各人の判断と努力に任されている。自発的な自粛は、賢慮や節制などの美徳を発揮することである。

緊急事態宣言は、営業などの権利を一部制限するという点で極めて例外的な事態だ。それに応えて、感染しかねない行為を自らの意思で慎むことは、権利の濫用(らんよう)を控えて公共的な善のための責任ある行動を取ることを意味する。日本国憲法第12条で「国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とある通りだ。

生計や生活のために外出せざるを得ない人々もいる。諸外国では、一律給付や休業の補償・補填(ほてん)を行っているように、感染を食い止めるために日本でも政府は可能な限り早急にこれらを十分に実行すべきだ。人々が徳を発揮し、責任ある行動を取ることを物質的に可能にすることが、政府の本来の務めだからである。

心安らかな過ごし方:(2)ポジティブな健康の維持と(3)希望

第二に、感染を回避するためにも、さらには感染しても重症にならないようにするために大事なのは、人間に備わる内在的な生命力を最大限引き出すことだ。このために有益なのがポジティブな健康という考え方だ。

これは、私が研究しているポジティブ心理学の概念である。多くの医療が病気からの快復を目的にするのに対し、この考え方は、健康には、病ではないという消極的な側面だけではなく、一種の資産のように積極的な側面があるとする。その蓄えがあれば、免疫力も上がって、病気にかかりにくいし、感染しても症状が少なく、治りやすいのである。

新型コロナウイルスは致死率が高い危険な病だが、感染した人々が皆発病したり、重症になるわけではない。ポジティブな感情をはじめ、ポジティブな健康度が高ければ、ウイルスとの接触があっても感染ないし発病の危険性が減り、軽症にとどまりやすいのである。

このために物理的・身体的には、運動や十分な睡眠、規則正しい生活、適切な栄養の摂取などが有益である。精神的には、明るい感情(ポジティブ感情)や考え方などを持つことが重要だ。心と体は関連しており、楽観的で明るい心を持っていると病気にかかりにくく、治りやすいのである。

不安感から気分が滅入(めい)ったり落ち込んだりする人もいるだろう。そのような時にもポジティブ心理学は有用だし、自分に縁のある宗教や倫理によって希望や明るい気持ちを持つこともできるだろう。それは、精神的に大事であるだけではなく、感染や発病を回避するためにも重要なのである。

最後に、他人と直接会話することは回避しつつ、電話やネットを通じてお互いに励まし合い、上記のような注意も広げてこの危機の時期を乗り切ることが大事だ。この危機を乗り越えるための連帯感も人々に生まれ得る。今後、私たちはどのように生きるべきなのか。政治はどのようなものであるべきだったのか。そして社会はそのようなものであるべきなのか。こうしたことも深く考えて、ウイルス問題が収束したら、世界に活かすように沈思黙考の時を持つことも、必ず生きてくるだろう。

徳による自粛が、活動を控える点で消極的な自衛策であるのに対し、ポジティブ健康や希望は、行動や思考に努める点で積極的方策である。この二つを心がけることによって、緊急時においても心安らかに過ごすことが可能になる。

この危機が終わった後の世界は、世界大戦の場合と同じように、以前とは変わっていくだろう。歴史上の疫病流行の場合と同じように、新しい時代の思想や政治経済が立ち現れるに違いない。聖徳太子や聖武天皇が仏教的政治を興隆させたのと同様に、利己的利益ばかりを追求する政治や社会に代わって、徳義のような精神性を重視して共生する世界が勃興していくかもしれない。

仏教の六波羅蜜(ろくはらみつ)の一つが忍辱(にんにく)であるように、忍耐は重要な美徳の一つだ。希望を持ちつつ、この危機の時を徳によって耐え忍んでいこう。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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