現代を見つめて(46) 介護者にゆとりを 文・石井光太(作家)

介護者にゆとりを

「ケアラー支援」という言葉が少しずつ広がりはじめている。ケアラーとは、高齢者の介護、病人の介護、障害者の介護などの介護者を示す言葉だ。

福祉がどれだけ充実しているかは、その国の価値を測る世界的な評価基準となっており、日本でも福祉事業の拡充が推し進められてきた。特に世界でも類を見ない高齢化の危機に瀕している我が国では、介護は最重要課題の一つとなっている。

そんな中で、日本における介護の矛盾が明らかになりつつある。介護者のニーズが急激に高まる一方で、介護者自身への支援が行き届いていないのだ。

要介護者が体の自由を失うことで大変な思いをしているのはわかる。だが、介護をする側にとっても、それをするのは生活環境が一変するほどの負担だ。要介護者から次々と出される要求を受け止め、精神的にも肉体的にも休む暇なく向き合い続ける。会社を辞めれば社会的なつながりが断ち切られ、相談したり愚痴をこぼしたりする相手がいなくなってしまう。孤立した介護者が追い詰められた先にあるのは、“共倒れ”だ。高齢者虐待、介護殺人、心中事件といった社会問題はそうして生まれる。

ケアラー支援というのは、こうした悪循環を断つために考え出された概念だ。介護者を支援することによって、彼らが抱えるストレスを軽減させることを目指す。具体的には、介護者同士が集まって日常の苦労を語り合えるカフェを設置したり、行政が積極的に介護者にアプローチしていくシステムをつくったりする。

これが行われている地域では、介護者がストレスから解き放たれることで介護そのものの質が向上するそうだ。介護者がゆとりを持てれば、できることも広がっていく。結果として、要介護者の生活環境も改善される。

今、日本では介護者不足を補うために介護ロボットや外国人介護者に頼ろうとしている。それはそれで重要にちがいないが、ケアラー支援によって、少ない人数でも充実した介護ができる環境を整えることも必要だと思う。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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