『現代を見つめて』(44) 平等なスタートライン 文・石井光太(作家)

平等なスタートライン

「官製ワーキングプア」という言葉をご存じだろうか。非正規雇用の公務員のことだ。現在、日本の市町村で働く公務員の三人に一人が非正規であり、“少なくない人々”が低所得に苦しんでいる。

日本の貧困は、相対的貧困率(可処分所得が年間一二二万円未満の人)で示されている。その数は日本人の七人に一人であり、母子世帯に限れば二人に一人が該当する。

日本の貧困の問題は、途上国のそれとは形が異なる。途上国の貧困は、絶対的貧困率(一日一.九ドル未満)で測られ、物理的な貧困を示す。スラムに何万人、何十万人という人が住み着き、日雇い労働などによってギリギリの暮らしをする。一方、日本の低所得者は生活保護などの様々な福祉制度によって最低限の生活を保障してもらえている。

では、日本の方が恵まれているかと言われれば、必ずしもそうではない。

途上国では公的支援が不十分なので、貧しい人々が助け合って生きていかなければならない。隣近所と家族のような関係性を築き、物の貸し借りから子育ての分担などを行う。スラムに住む限り、物はないが、貧富の差を意識せずに済み、人の温かみに触れられる。いわば、横の関係で生かされているのだ。

日本の貧困は異なる。社会保障によって最低限の生活はできるが、一つの地区に豊かな人と貧しい人が混在し、貧しい人は日々の様々なところで貧困の不条理さに直面する。いじめられる、塾へ行けない、進学できない……。そんな傷つき体験から「自己否定感」をふくらませ、競争を諦めてしまったり、希望を抱けなくなったりしてしまう。

戦後間もない頃の大変さを知る人たちは次のように言う。

「今の若者は、物はあるのに努力しない」

これはちがう。今、少なくない日本人が早いうちから日々たくさんの貧困の壁にぶつかり、自信を失い、社会に失望させられてしまっているのだ。

今の日本に必要なのは、全員ができるだけ平等なスタートラインに立ち、劣等感を覚えることなく、社会へ羽ばたいていける環境づくりだ。

だが、国が官製ワーキングプアを生み出しつづけている現状は、それを放棄していることの表れとしか思えない。

公務員の生活を守れない国が、どうして国民に希望を抱けと言えるか。その場しのぎの対処ではなく、未来のための政策を切に望む。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。