現代を見つめて(38) 医療からの孤立 文・石井光太(作家)

医療からの孤立

川崎市の登戸駅の近くで、私立カリタス小学校の児童をはじめ二十人が男性に包丁で刺されて死傷する事件が起きた。男性は長らく社会と接点を持っておらず、孤立する中で複雑な問題を抱えて凶行に及んだのだろう。

私はこれまで多くの殺人事件を取材してきたが、社会的孤立は共通のキーワードだった。家庭からの孤立、地域からの孤立、仕事からの孤立、福祉からの孤立……。

最近の事件で目立つのが、医療からの孤立だ。

事件の加害者の中には統合失調症や双極性障害といった精神的な問題を抱えている人が少なくない。自分でコントロールできない感情の起伏に苦しみ、妄想を膨らませたり、追い詰められたりして突発的な犯行に及んでしまう。

通常、こうした人は病院に入院して治療を受ける必要がある。特に殺人事件の過半数を占める親族間殺人のケースでは、多くの親族が一度は病院へつれていっている。だが、その先が問題なのだ。

病院は先に入院している患者の安全を確保する必要がある。だが、昨今高まっているコンプライアンス(法令や社会規範の順守)の意識から、問題のある患者の身体を拘束するなどして自由を奪うことがしにくく、安全確保に限界が出てきてしまう。

さらに、ケアに当たる従業員側の労働環境の問題もある。医師や看護師にとって、こうした患者のケアは肉体的、精神的、時間的に大きな負担となる。精神科病棟はただでさえ人手が足りないのに、そういう患者が増えれば、職員の離職につながる。こうした事情から、病院の方が問題を起こすような患者を引き受けたがらないのだ。それが、孤立を生む。

これまで病院は「最後の砦(とりで)」としての役割があった。だが、コンプライアンス意識の高まり、働き方改革の波などが医療現場に及ぶことで、重篤な患者は受け入れられにくい状況ができ上がっているのである。

コンプライアンスや働き方改革は必要だ。ただ、一般の職場と「最後の砦」としての病院とが、同じ形であるべきなのだろうか。職場や社会的役割によって、それらを適切なものに変えていく柔軟性が必要だと思う。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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