利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(28) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

分岐点後における超越的視座の重要性

過去の何回かの選挙において私はさまざまなメディアで「今は大事な分岐点だから、有権者は公共的関心を持って投票すべきだ」と注意を喚起した。でも、もうそういう言い方はしない。すでに分岐点は通り過ぎたからだ。

日本国民の投票の結果、危惧していた通りの事態が起こってきた。政治的自由が実質的に縮小し、経済が衰退し、貧富の差が拡大し、庶民の生活は苦しくなって、社会的問題が激化している。幸い東アジアの戦争の危機はひとまず回避されたが、世界的に暗雲が漂っている。とても残念だが、分岐点で国民が大きな選択を行ってしまった以上、陰鬱(いんうつ)な結果が一定程度生じることは避けられない。

それでも今後の犠牲を減らすことは可能だ。こうなった以上は、独裁政権から自由民主主義へと移行した事例から学ぶべきだろう。旧共産圏の崩壊や、アジアの独裁政権の崩壊の時には、マスメディアは統制されていて真実が報じられないので、口コミや地下メディアやローカル・メディアによって情報が広がって政権が崩壊した。

日本はまだ完全な独裁体制になったわけではないから、注意して自分で情報を入手する努力をすれば、一部のマスメディアやネットを通じて真実を知ることはできる。それは、公共的な美徳を発揮することである。

このために大事なのは、社会やマスメディアの雰囲気に流されずに、自分の頭でしっかり考える努力をすることである。ここで宗教的・哲学的な思想や価値観・世界観は大きな役割を果たしうる。多くの組織が地上の権力におもねったり脅えたりするようになっている時に、真実を観(み)る目を与えてくれるのは、世俗社会を超越した高く広く長い視点であり、それは宗教的ないし哲学的視座に他ならない。

たとえば仏教では、そのような正しい認識と思考が正見・正思と言われ、哲学では観照と呼ばれる。多くのマスメディアに頼ることができなくなった今、そのような見方ができるかどうかは、世俗を超えた観点を持つ組織やメディア、そして有権者の一人ひとりにかかっているのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

【あわせて読みたい――関連記事】
利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割