おもかげを探して どんど晴れ(9) 文・画 笹原留似子(おもかげ復元師)

画・笹原 留似子

マヨイガ(迷い家)

民俗学者である柳田國男が発表した『遠野物語』の中に、「マヨイガ」という伝記があります。

マヨイガとは、山道に迷った時にしかたどり着けない、それはそれは大きくて立派なお屋敷のことです。もし、人生の中で一度でもそのお屋敷に行くことができたなら、中の物を一つだけ持ち帰って良いことになっていて、お屋敷から持ち帰った品が、その人に富を与えると伝えられています。

「マヨイガ」の話はこうです。昔、村一番の金持ちの三浦某という家がありました。しかし、二、三代前の主人の頃は貧乏で、その時代のお嫁さんがある時、山仕事に入って道に迷い、立派なお屋敷にたどり着きました。庭に入ると、美しい花が一面に咲き誇り、立派な鶏や馬がいました。家に上がると、朱と黒の立派なお膳とお椀(わん)がたくさん用意されていました。また、奥の座敷には火鉢があって、鉄瓶の湯がたぎっています。それなのに、家中歩き回っても人影はありません。お嫁さんは、「もしかしたら、山男の家かもしれない」と急に怖くなり、逃げ帰ったそうです。

そのお屋敷がマヨイガだったのですが、お嫁さんは富をもたらすマヨイガの物を一つも持ち出さずにお屋敷を後にしました。しばらく経ったある日、そのお嫁さんが川で洗濯をしていると、川上からきれいなお椀が流れてきました。よく見ると、あの時マヨイガで見たお椀でした。マヨイガにたどり着いたのに、一つも物をもらい受けてこなかったので、お椀が自分からお嫁さんの所にやって来たのです。持ち帰って、米のはかりに使っていると、米は一切減らなかったといいます。欲がなく、感謝の気持ちを持ち、物を大切にする人に与えられた、富の話が伝えられています。

この土地に住んでいた昔の人は、誰もが行きたい場所でした。現代でも、この話を聞けば、誰でも一度は行きたいと思うのではないでしょうか。そのマヨイガには「迷わないとたどり着けない」というキーワードがあります。そこは人生に照らし合わせて考えることができ、そこから導き出される人生の道徳哲学が存在しています。

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