おもかげを探して どんど晴れ(20) 文・画 笹原留似子(おもかげ復元師)

画・笹原 留似子

いのちの授業を受けた子どもたち(3)

私がご縁を頂いたご遺族は、たくさんの「問い」を持ち、亡き人を胸に抱いて、その思いを守り、生きています。

大切な人を亡くして取り乱さない人はいません。混乱しない人もいません。その感情を抑制させるのではなく、もっとさまざまな感情の伝え方や行動表現の仕方があることを、いのちの授業では伝えています。

生活の中で、ふと亡き人に語り掛けることもあります。おいしいものを食べている時に一緒に食べたかったなと思い出すことも当然のことです。大切な人を亡くした喪失の世界の中で過去を思い、今を考えます。そして、今を考えて、未来に向かいます。現実の時間は流れても、遺族の心の時間は大切な人の死を体験したあの時のまま止まっていることも多くあります。自分の人生ですから、それでいいと思います。あの時の時間で止まっている理由が、きちんとあるのですから。その止まっている時間のそこに、大切なものがあるからです。

東日本大震災では、津波によって多くの方が行方不明になりました。戦争や災害では、そうしたことが起こります。自分の家族が見つからない人のほとんどは、最後に会ったあの時間のままで止まってしまいます。大切な人を亡くした人は、やむなく進んでしまった今の時間の中に、あの時のまま止まっている心の時計を持っています。それは、何も悪いことではありません。大切な人を守ろうとする気持ちなのですから、それでいいと自身を受容し、周りの人も理解してあげてほしいと思います。他の人と同じでなくて良いのです。

一人ひとりの世界観を大切にして、大切な亡き人の存在と共に生きてもらえますように。納棺の現場では、それぞれが思い思いに亡き人への気持ちを語り合うことで、会話に花が咲きます。ご遺族は、亡き人を含め、たくさんの人に支えられ、生きていてそれを実感するのです。

災害を経験した子どもたちと話すことも多くあります。亡くなった大切な人を語る時、子どもたちはキラキラしています。亡き人が、この子たちと真剣に向き合ってくれたその時間が今、彼らを生かしてくれている――私は、そう思っています。

いのちの授業を受けた子どもたちの感想文をお伝えしてきました。感想文を紹介するシリーズの最終回となる今回は、直接震災を経験した生徒さんが感想文で教えてくれた内容をお伝えします。

彼らがどのような経験をして、どのような問いと向き合って生きてきて、今を見つめているのか。文章の中から感じ取り、皆さんそれぞれの人生の中に組み込んで頂けたらと思います。

〈中学3年生・男子〉
僕の町は、大きな地震の後にあっという間に町が壊滅しました。僕の家は津波に流され、長い間、避難所で過ごしました。避難所では、みんな家や家族が流されたと話していて、自分と同じ人がたくさんいることに驚きました。夜はガスが爆発する音がずっと鳴り響き、朝まで津波の音がしていました。毎日毎日、ヘリコプターで運ばれていく遺体を見ていました。笹原さんの話を聞いて、ヘリコプターで運ばれた先に警察官やお医者さんが居てくれたことを初めて知りました。自衛隊、警察、消防の人たちが見付けて、運んでくれて、たくさんの人たちが、遺体を大切にしてくれていたことを知り、とても安心しました。祖父や祖母、家族と明日を当たり前に過ごせるわけではないことを、僕は知っていました。僕は今、多くの人に支えられて生きています。大好きな人たちと過ごす時間を大切にしながら、お空に行ったみんなに恩返しをしたいと今日考えました。「感謝の気持ちは、気が付いた『今』伝えることに意味があるよ」と言った笹原さんの言葉に、元気が出ました。気が付かないことが悪いことじゃなくて、気が付けなかった悔しさが大事。悔しい思いをしっかり持つことが出来れば、もう同じ思いはしないはず。僕も、本当にそう思いました。これからの時間を、大切に過ごして、いつか震災をしっかり語り伝えられる人になりたいと思いました。

〈中学3年生・女子〉
私の町は津波に襲われました。家族は無事でしたが、身内や知り合いがたくさん犠牲になりました。私は今日の授業を受けて、思いました。あの日のこと、経験したことをみんなが生きて作ってくれた津波の前の町のこと、いつか伝えていきたいと強く思いました。今日のお話しの中にあった「出来ないことを見付けて苦しくなるよりも、今、自分に出来ることを見付けて動いてみること。そうすると同じ思いの人があっという間に集まって、励まし支え合える仲間の輪が出来る。一人一人が、あなたにしかできない何かの使命を持って生きています」。その言葉が心のパワーになりました。今後、行動に移せることは積極的に移して行き、みんなの安心につなげて笑顔を引き出せる人になりたいです。笹原さんの話を聞いて、お空に行った人たちがみんな笑顔になった気がしました。

※タイトルにある「どんど晴れ」とは、どんなに空に暗雲が立ち込めても、そこには必ず一筋の光がさし、その光が少しずつ広がって、やがて真っ青な晴天になるんだよ、という意味です

プロフィル

ささはら・るいこ 1972年、北海道生まれ。株式会社「桜」代表取締役。これまでに復元納棺師として多くの人々を見送ってきた。全国で「いのちの授業」や技術講習会の講師としても活躍中。「シチズン・オブ・ザ・イヤー」、社会貢献支援財団社会貢献賞などを受賞。著書に『おもかげ復元師』『おもかげ復元師の震災絵日記』(共にポプラ社)など。