利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(14) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

嘘をつかないという基本的倫理

国内政治でも大変化が生じている。日本国憲法の平和主義を実質的に終焉(しゅうえん)させてしまう改憲への発議が行われる危険性を危惧して、先月は対話の重要性について書いた。でもその前後に、森友学園への国有地売却問題に関して、財務省が公文書を改竄(かいざん)していたことが明るみに出て、政権の支持率が凋落(ちょうらく)した。

宗教的観点に焦点を絞って言えば、問題は単純明快だ。民主政治の基礎は人々の政治家に対する信頼にある。公文書改竄は、要するに、公的文書で真実を隠そうとして嘘(うそ)をついたという疑いを意味する。そのような政治や行政は信頼できないだろう。

世界の大宗教ではほとんど全て、嘘をついてはいけないと教えている。仏教の五戒でも「不妄語戒(ふもうごかい)」がある。これは僧侶だけではなく在家信者も守るべきものであり、人間としての最も基本的な宗教的倫理の一つだ。政治家は有権者の代表だから、本来は人々の倫理的模範となるべきだ。よって、嘘をつくべきではない。

この改竄問題発覚の前には、裁量労働制を導入するために政府が用いた厚生労働省のデータが捏造(ねつぞう)されていたことが発覚した。その後には、政府が存在しないとしていたのに、陸上自衛隊のイラク派遣時の日報が見つかり、防衛省の組織的隠蔽(いんぺい)だと、野党から批判されている。

要するに、政府ないし行政省庁の嘘や隠蔽の疑いが次々と発覚しているのだ。政権が責任を問われて総辞職の要求が野党から出されるのは、これだけ見ても当然である。

単純に言えば、これらは政治や行政が倫理的な悪事を働いていたという疑いだ。いよいよ改憲を実行しようとした時に、これらが露見したのだから、「天網恢恢(かいかい)疎にして漏(も)らさず」、ということわざが頭に浮かんでくる。

希望が実現するまで“祈りと対話と行動”を

もっとも、春になって希望が甦(よみがえ)ったからといって、油断は禁物だ。北朝鮮とアメリカの交渉がうまくいかなければ、逆に一気に開戦へと反転する危険性がある。国内では自民党は改憲案を絞って、党大会で首相は改憲をなお目標として掲げた。このようなリアルな危険を直視して、平和という希望が本当に実現するまで引き続き多くの人々が祈り、対話と行動を続けることを願いたい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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