えっ、これも仏教語!?(56) 【じゆうじざい】自由自在

『臨済録』に「若(も)し真正(しんしょう)の見解(けんげ)を得れば、生死に染まず、去住自由なり」とあります。

「本当の悟りを得れば、物事の変化に心を奪われることなく、行くも止まるも思いのままだ」という意味です。つまり「自由」とは「他に依存せず、自らに由(よ)って存在し、行為する」ことで、「自らに由る」とは、決して小さな自我に依存して、したい放題を通すというのではなく、逆に自我を投げ捨てて宇宙の大生命の中に没入したときに生ずる、何物にもとらわれず、何物にも妨げられない「思いのまま」を表しています。

一方、初期の漢訳仏典では、「自由」よりも「自在」の方が多く用いられています。『法華経』序品に「心自在を得たり」とあり、仏の別称を「自在人」といい、仏教守護神に「自在天」がおられるように、「自在」は「自由」よりもむしろ本来的な仏教語といわれています。