法華経のこころ(8)

堪任(かんにん)する所に随(したが)って(信解品)

「仏さまは衆生のもっている欲望と意志の力をお見とおしになり、人それぞれの堪えうる程度にしたがって、わかりやすく教えを説いてくださるのです」。法を伝える際の基本的な心構えを示した一節。

友人と3人で、小さな塾を開いたことがある。生徒は高校3年生と大学受験浪人の5人。私たちは開塾に当たって、英語、国語、日本史の自作テキストを用意した。どうしたら最小限の努力で最大の成果を上げられるか。テキストは「他の参考書にない自信作」のはずだった。

ところが、早々にして、つまずいた。一人ひとりの能力が極端に違う。進んでいる者に歩調を合わせると、遅れている者がむくれる。逆もまた同じ。私たちは路線変更を余儀なくされた。

そして、つくり上げたのが、志望大学や理解度に合わせた個人別テキスト。ランク別の個人指導は成果を上げた。みごと4人まで志望大学に合格した。だが、この作業には、皆、相当疲れた。結局、1年で閉塾となった。

人に何かを確実に伝えたいと思うなら、まず相手を知り、それに合わせて説く努力が必要だろう。赤ん坊に対しては、皆、「堪任する所に随って」接するのだが、それが大人相手となると高慢になったり、「わかったはず」と勝手に思い込んだりする。反省したいものだ。
(K)