リレーエッセイ「声なき“生きづらさ”に寄り添う」2-(3)(区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄)

複眼的視点と心のアンテナ
区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄
昔、私のクラスには“元気の良い生徒”ばかり集まっていると思っていました。いじめ、器物損壊、けんか。男子の半数はいろいろなことをしてくれたものです。ある時、生徒から、「先生が怖いからやっちゃうんだ」と言われ、ハッとしました。<いろいろなことをする子どもばかりが集まっているのではなく、そうさせてしまう担任の私の姿勢に問題があるのではないか……>と気づいたのです。
そこで、以前から興味を持っていた佼成カウンセリング研究所のカウンセラー養成講座に申し込みました。4年かけて無事に修了した後は、東京都立教育研究所(現・東京都教職員研修センター)の「スクールカウンセラー(上級)」の研修も受け始めました。1年間は学校現場を離れて通い、その後は在籍していた中学校に勤めながら週1回の研修を受講して、集中的にカウンセリングの研修を受けたのです。
その中で私は、子どもの心身を理解し、それぞれが持っている力を伸ばすという「支援的な教育姿勢」を学びました。教師が生徒に教えるという、それまで子どもに向けていた私の姿勢とは真逆の視点でした。これまでに培ってきた価値観を変えるのは簡単なことではありませんでした。しかし、教育現場に求められることは多様化し、時代とともに変化します。だから私自身も学び、変化し続けなければならないと強く感じる時期でもありました。
カウンセリングの研修を受けていた当時、ある出来事がありました。私が担任を受け持った中学校の卒業生が、シンナーの常習者となって母校にやって来たのです。当時、生活指導主任をしていた私が校内を巡回していたところ、玄関からその卒業生が入ってきました。「どうしたの」と声をかけた途端、教室の方に駆け出します。私は追いかけて彼を捕まえ、会議室で座らせました。身長は175センチほどあるのに、妙に体重が軽かったことを覚えています。事情を聞こうとしたその時、他の先生の通報を受けた警察官がやって来て、彼を連れて行きました。
警察署で「なぜ学校に行ったのか」と問われたその卒業生は「中学に行ったら、もう一度やり直せるかもしれないと思った」と話したそうです。シンナーを吸っている自分が嫌で、やり直したいと思ったのでしょう。その後、彼は地方にある親の実家で生活することになりました。
私はこの出来事から、「学校や教師は、子どもの人生にとって大きく、意味のある存在なんだ」と改めて自覚しました。人生をやり直すきっかけを学校に求めた事実はとても重く、私たち教師は、目の前の子どもの人生について真剣に考えていたのだろうかと自問し、卒業生をシンナーに走らせてしまった彼の「生きづらさ」に気づけなかったことを、深く反省しました。
子どもは「生きづらさ」を言葉ではなく、行動や態度で表すと私は考えています。だからこそ、周囲の大人は子どもに対して想像力を働かせ、彼らの心の声に耳を傾けなければならないと自省するとともに、教師として、大人として、子どもが発するさまざまな周波数の電波を受信できるアンテナを持つことが大事だと思っています。
そこで、私が考えているのは、「複眼的視点」です。子どもと大人、教育と療育、厳しさと優しさ、辛(つら)さと楽しさ、智(ち)と慧(え)、慈と悲……。異なる視点を行き来しながら複眼的視点で目の前の子どもを見ていくことで、「教師としてこうあるべき」といったステレオタイプな見方を離れ、目の前の一人ひとりに合った向き合い方を見いだすとともに、彼らの持てる力を引き出し、伸ばそうという原点に立ち返ることができるのです。
今の子どもたちは、22世紀を生き、家庭、社会、国家、そして人類の未来を担う存在です。誰もが「生きづらさ」を感じずに暮らせる世界を実現するためには、大人が、子どもの「生きづらさ」に目を向け、真剣に考え、学び、彼らの「生きやすさ」を生み出さなければならないと強く感じています。
プロフィル

さくらおか・あきお
1954年、東京都生まれ。都内の中学校で社会科教諭、校長を歴任、43年にわたり学校教育の現場に身を置く。現在は都内の自治体で特別支援教育アドバイザーなどを担うほか、法務省の人権擁護委員、保護司を務める。本会江戸川教会所属。





