リレーエッセイ「声なき“生きづらさ”に寄り添う」2-(2)(区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄)

子どもの心に空いた穴を埋める
区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄
私が中学校の担任をしていた時、二者面談の最後にB君の保護者がポツリと言いました。「うちの子が何か変で。夜、逆さまに寝るんです。私の頭の方に足を向け、足の方に彼の頭があって、気味が悪くて……。どうしたらいいでしょうか?」。私は「そうですか。少し様子を見ましょう」と応えて帰って頂いたものの、何をしたらいいか分かりませんでした。
B君の入学時の資料を改めて見てみると、彼には注意欠陥・多動性障害(ADHD)の診断がありました。家庭の事情で9歳の時に児童自立支援施設に入所して、3年間在籍し、さまざまな環境づくりが奏功して生活が落ち着いてきました。そこで小学6年生の途中から自宅に戻り、学区域の小学校に転入して、私のいる中学校に入学してきたのです。
ADHDは不注意(集中力が続かないなど)、多動性・衝動性(落ち着きがない、順番待ちができないなど)という主に二つの特性がある発達障害を指します。
B君は多動性・衝動性の傾向が強く、小学校も家庭も手を焼いていたようです。それが原因か分かりませんが、両親はB君が寝ている間に施設に入れたようです。入所についてB君に説明はしていましたが、B君は「寝ている間に突然連れて行かれた」と感じたそうです。B君の資料を読み、母親に聞き取りをしましたが、なかなか彼の気持ちに近づけないと思った私は、本人と直接話すことにしました。
「お母さんはB君と一緒に寝る時、君が逆さまに寝るって言っていたんだけど本当?」。「うん」。「普通は同じ向きに寝るよね」。「うん」。「何で逆さまに寝るのか教えてくれるかな?」。沈黙の後、彼は話し始めました。「前に、僕が目を覚ました時、家じゃない所にいたんだ。お母さんがいなくてすごく怖かった」。「そうだったんだ」。「起きたらまた違う場所にいると思うと怖くて。お母さんの足の近くに顔があれば、寝ていてもすぐ動きに気づけると思うから、今は逆さまに寝ているんだ」。「そうだったんだね。そのことをお母さんに話してもいい?」。「うん」。私は彼の説明を母親に伝えました。そして、「B君に安心するように伝えてください」「足をさするなり、頭をなでるなりのスキンシップをしてあげてください」とお願いしました。その数カ月後、母親から、普通に寝るようになったと報告を受けました。トラウマ(心的外傷)体験で子どもの心に空いた穴を、母親の働きかけでふさぐことができたと思い、一安心しました。
特性の有無に限らず、こうした大人の些細(ささい)な誤解や決めつけが「生きづらさ」を感じる要因になることがあります。大人は、日ごろの言動や発育の度合いなどを観察して子どもの特徴や傾向を知ろうとしますが、周辺を知るだけでは、全てを理解することはできません。まず、子どもの話を聞くこと。そして、押しつけたり、教えてやるという態度を取ったりするのではなく、子どもの心を「教えてもらう」という姿勢を大事にすべきだと思います。これは、相手をリスペクトする姿勢とも言えます。
子どもが12歳なら、それは本人が一生懸命に生きてきた12年間です。大人の意見(心配や願い)を伝えることは大事ですが、年齢の高低で、それを幼いとか、未熟と考えて、上から目線で子どもを見ることは、子どもの人権を侵害することにもなりかねません。
B君の行動は異常に思われがちですが、本人に話を聴くことで行動の意味を理解できました。子どもがパニックを起こして暴れ、自傷や他害、物を壊すなどすると、大人は「突然パニックになった」と感じますが、その裏には、発達障害や小児期逆境体験(ACE)、ネグレクト、クラスの環境や友人関係などによる「不安」「不満」「不快」が潜んでいることも少なくありません。子どもをよく観察し、対話をして、この3点につながることがないか確認し、パニックを起こす要因を減らすことで、一人ひとりに合った環境が整うこともあるようです。
3年前に発足したこども家庭庁は、全ての子ども、若者が幸福に生きられる『こどもまんなか社会』をスローガンに掲げています。少子高齢化が進む現代。この言葉が表す社会を実現するためには、大人が子どもに向けるまなざしを省みることが第一歩なのではないでしょうか。
プロフィル

さくらおか・あきお
1954年、東京都生まれ。都内の中学校で社会科教諭、校長を歴任、43年にわたり学校教育の現場に身を置く。現在は都内の自治体で特別支援教育アドバイザーなどを担うほか、法務省の人権擁護委員、保護司を務める。本会江戸川教会所属。





