内藤麻里子の文芸観察(78)

独自の世界観で歌舞伎を描いた『化け者心中』(2020年刊)、『おんなの女房』(22年刊)などで注目されてきた蝉谷めぐ実さんが、新機軸に挑んだ。それが『見えるか保己一(ほきいち)』(KADOKAWA)である。江戸時代後期、古今の貴重な文献を集めて分類、収録した国内最大の叢書(そうしょ)『群書類従』を編纂(へんさん)した全盲の国学者、塙保己一を題材にして、また独特な世界を現出させた。その書きっぷりに心底驚き、魅了された。
まず、文章にしてやられる。武蔵野国保木野村で生まれた辰之助(後の塙保己一)の子ども時代から幕が開き、「両の目をくにょくにょと擦る。こすこす、じゃいかん」というような辰之助の語りで始まる。何だこれはと思うのだが、ここには視覚表現が少ないのだった。聴覚、嗅覚、触覚にあふれる。幼い頃の語りは特に顕著だが、それ以降も切りのいい文章でテンポがあり、しかも情すら含む。この作家の手の内にまんまとはまっていく。
ともあれ辰之助は、病のため幼くして視力を失う。けれど『信長公記』も『太平記』も、聞けばすべて覚えてしまうという才を見せる。学問をしたくて江戸に出るが、盲(めしい)が生きていくには、「当道座(とうどうざ)」という組織に属して鍼(はり)、灸(きゅう)、按摩(あんま)、金貸しなどをするしか術(すべ)がない。辰之助もそこに属したものの、按摩も鍼も腕が上がらない。ついに師匠に「勉学がしとうございます」と訴える。
そこから学問の道をたどっていくわけだが、実は本作は『群書類従』をどう完成させたかという苦労話が主眼ではない。学問を中心に生きていく姿そのものを描いていく。目が見えない者への差別や、妻をめとって、目が見えなくても大丈夫と思っているのは本人ばかり、どうしても存在するハンディキャップなどを巧みにストーリーに潜ませる。後で分かるのだが、それぞれのエピソードに意味がありながら、ほどよく描く手腕が冴(さ)えている。
やがて「和学講談所」を開き、『群書類従』をものし、将軍にお目見えを果たすことになる。栄達する保己一は目が見えないのに「見えている」と敬われるが、一貫して問うのは見えない者と見える者の立つ位置の違いである。理解の差からくるすれ違いがあり、保己一自身も苦悩するが、彼をかばい、尽くす人々のことを表情が見えないゆえに理解が及ばない保己一もいる。
お互い理解できるのか、そこに希望はあるのかへの答えを探す終盤の展開に目を奪われる。登場人物が奇(く)しき縁で絡み合い、物語はダイナミックに一転二転するのだ。保己一の本音もぶっちゃける。エンターテインメントの面白味と、小説の醍醐味(だいごみ)を見せつけてくれた。口幅ったいが、よくぞ書いたと言いたい。とてもいいものを読ませてもらった。
プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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