「発達障害啓発週間」特集 誤解や偏見をなくし、共に生きる社会へ(3)
文部科学省の2012年の調査によると、公立の小・中学校の通常学級で、発達障害の可能性のある子供は6.5%を占めるとされる。40人のクラスでは2~3人の割合だ。発達障害への理解を深め、共に生きる社会を目指すため、「発達障害啓発週間」に合わせて始まった本特集。第3回は、発達障害のある子供との触れ合いや、その保護者との関わりに力を注ぐ、2人の現役の教育関係者の体験を紹介する。(「体験」の登場者は仮名です)
母親の気持ちに寄り添うことで
藤川延江さん(60)は、九州地方の公立保育園に40年以上勤務する保育士だ。園長を務めた経験もある。
ある日の午後、藤川さんは、受け持つ園児の母親である工藤美沙さん(23)の家を訪ねた。実はこの3日前、次のような出来事があった。工藤さんが保育園に連絡しないまま、昼食間際になって息子の貴志君(2)を連れて来たのだ。藤川さんは母親に「忙しいとは思いますが、10時のおやつの前までに連れて来てくださいね」と角が立たないように柔らかく話したつもりだったが、工藤さんの癇(かん)に障ったらしい。以来、彼女は顔を見せず、貴志君の送り迎えは祖母に代わった。
工藤さん宅を訪れた玄関先で、藤川さんは先般の出来事を詫びた後、子供の様子について心配事はないかを尋ねた。すると、工藤さんは表情を和らげ、遠慮がちに口を開いた。「落ちつきのない子なので、保育園でうまくやっているか……」。
実は、藤川さんは以前から、貴志君を気に掛けていた。彼の行動に発達障害の傾向が見られたからだ。貴志君はじっとしていられず、集団行動が苦手で、気がつけばグループの輪から外れて一人になっていることが多い。人と目を合わせることも難しそうだった。藤川さんは長年の保育士経験から、注意欠陥・多動性障害(ADHD)とアスペルガー症候群(AS)に見られる特徴だと感じた。
「貴志君は活発な子ですから、保育園でも元気いっぱいですよ」。藤川さんは「落ち着きがない」という表現を、「活発」と言い換えて母親に伝えた。貴志君の特徴を悲観的に表現し、不安に陥らせたくなかったからだ。その上で、こう伝えた。「今度、保健師さんと面談してみませんか? 不安が整理できるかもしれません。心配でしたら私も付き添いますよ」。
親に対して率直に「発達障害の疑いがあります」と伝えても、親はショックが大きく、冷静に受けとめることができない場合が多い。育児放棄(ネグレクト)の誘因になることさえある。