核廃絶に向けて 宗教の役割を考えるシンポジウム 上智大学で

『キリスト者の取り組み』
カトリック司祭、上智大学神学部教授 光延一郎師

他者の尊厳に深い敬意を

カトリック教会は1月1日を「世界平和の日」に定めており、ローマ教皇から毎年、メッセージが出されます。中でも、2017年の教皇フランシスコによるメッセージは画期的でした。そのメッセージには、「とりわけ争いにまみれた状況の中で、『尊厳への深い敬意』を抱き、積極的な非暴力に基づく生き方を実践しましょう」とあります。これは、人類がこうした生き方をすれば、戦争や殺し合いが生じるはずがないという考え方で、初期のキリスト教からの教えです。

この原理が変わってきてしまったのは、ローマ帝国がキリスト教を国教にした頃からです。アウグスティヌスは「愛徳の実践として、無防備な人々を守らなければならない」とし、正当防衛の概念を打ち出しました。これが「聖戦論」として広まり、十字軍ができ、近代以降の戦争史を刻むことになりました。

カトリック司祭の光延師

その後、カトリック教会は非常に重要な曲がり角を迎えることになりました。それは、第二バチカン公会議(1962-65年)です。この会議では、「平和の推進」が目標の一つに掲げられ、会議が開かれてすぐに、キューバ危機が起こります。第三次世界大戦の勃発が危惧され、世界中が米ソの核戦争の脅威にさらされたのです。

この会議を主催した教皇ヨハネ二十三世は、緊迫した世界情勢を憂慮し、回勅「地上の平和」を示しました。この中で、核抑止論を否定し、軍備全廃の達成、不戦による平和の構築に努めることが、人間本来のあるべき姿と訴えたのです。

また、この会議を引き継いだ教皇パウロ六世は次のような言葉を残しました。「平和は、戦争のない状態に還元されるものではありません。平和は、人間の間により完全な正義をもたらされる神が望まれる秩序を追い求める日々の中で構築されるものです」。

パウロ六世はここで、対話を通じ、平和のためにお互いが積極的に活動する状態にこそ、平和があるとの見方を示しました。

二人の人間がナイフを持ち、互いの喉元に突き付け合う状況を想像してみてください。たとえ両者が傷一つついていなくても、この状態が平和であると言えるでしょうか。核抑止論も同様です。脅し合う者同士の間に、平和が訪れることなどないのです。

他者の尊厳への深い敬意、それに基づく積極的非暴力によって、平和を構築していく。これが、カトリック教会の基本姿勢です。