鼎談・世界の子どもたちの未来を考える 後編
西 篭嶋さんは息子さんと一緒に、街頭で「一食(いちじき)ユニセフ募金」を呼び掛けている人たちに出会ったことがあるそうですが、その時の息子さんの様子はいかがでしたか。
篭嶋 息子と実家(奈良県)に帰った真夏の暑い日に、大仏を見に行くことになりました。東大寺に着くと、「ユニセフ募金にご協力をお願いします」と呼び掛けている人たちがいました。息子は、「ユニセフ」と書いてある横断幕を見た瞬間、「あ! ママが働いている会社だ」と言うのです。「募金をしてきて」と息子にお金を手渡すと走って行きました。
私は息子に、暑い中で声をからし募金を呼び掛けている人たちの姿に感動したこと、それから「このお金がお母さんが働いている『ユニセフ』に届けられ、そのおかげでお母さんは困っている人たちのために仕事ができるんだよ」と伝えると、びっくりした表情をしていました。きっと、この出来事が息子の心に残っていくと思うのです。
西 木原さんもお子さんとの触れ合いの中で、世界とつながっているなぁ、と感じる経験をされたのですよね。
木原 私は、自宅で娘と夕食を食べている時に気づかされたことがありました。5歳の娘は、いつも私が食卓に座った後、「ママ、お水ちょうだい」と言ってくるのです。私は娘に水をくみながら、母国を追われ、船で流れ着くシリア難民の人たちのことが頭に浮かびました。わが子から「ママ、お水ちょうだい」と言われても、環境によっては水をあげられないお母さんがいるかもしれない。今、私はいつでもきれいで安全な水を飲むことができる。有り難く、幸せなことと思う半面、私とシリア難民のお母さん、この置かれた環境の不条理に胸がとても痛みました。
同時に、一杯の「お水ちょうだい」という娘の一言が、私の中で〈世界とつながっている私〉を痛感させました。そして〈私は何ができるだろう〉と考えました。
何もできないかもしれない。そう思う一方、佼成会で取り組んでいる「一食ユニセフ募金」や「一食を捧げる運動」を続けていくことが大切だと改めて思いました。一食を抜いて献金した日は、気づいたことや世界中の子どもたちの生活などを娘に話す日にしたいと思います。これからも娘の心に一つ一つ種子を植えるように積み重ねていきます。
庭野 本当にそうですね。子どもに一杯のお水をあげられることが、どれほど幸せなことなのかと思いますね。娘さんに対する木原さんの触れ合いを聞いていると、植物が成長して花を咲かせ、実をつけ、次の世代のために種を落とす。そんな感じがしますね。いいお母さんですね。