いのちの尊さ見つめ「降誕会」 庭野会長 物事を感謝で受けとめる大切さ説く

続いて、庭野会長が登壇し、灌仏後、法話を述べた。庭野会長は、自分にとって不都合な出来事が起きると、人はついそれを悲劇や不幸と見がちであると指摘した上で、全ての現象は本来「中立」であり、良いも悪いもないと説明。それを悲劇や不幸だと思うのは自分自身の見方や解釈にすぎないと述べた。

式典を通して、釈尊降誕の意義をかみしめた

その例として、コップに入っている半分の水の受け取り方として、「半分しかなくて不愉快」「半分も入っていてうれしい」「誰かが半分残してくれて有り難い」という三つの見方を紹介。これらは、それぞれの解釈の違いによるものであり、現象としての実体は、コップに水が半分入っているという事実しかないと解説した。

その上で、「日常生活で中立の受け取り方をしていくと、悩み苦しみがなくなるというのが仏さまの教えです。そして、事実や現象は中立であっても、自分の見方を変え、日常のありふれたことの中に喜びを見つけていくと、全てが感謝に変わり、本当に幸せになれるのです。そうした見方ができるような精進をさせて頂き、大切な人生を感謝で過ごせる一人ひとりになってまいりましょう」と述べた。

式典後、佼成雅楽会の先導で稚児たちが大聖堂から一乗宝塔まで「おねり供養」を行った。

なお、大聖堂正面玄関前に花御堂(はなみどう)が設置されたほか、参拝者に甘茶が振る舞われた。

式典後、「おねり供養」が行われ、稚児たちが大聖堂から一乗宝塔まで行進した