TKWO――音楽とともにある人生♪ ホルン・上原宏さん Vol.2
忘れられない演奏会
――楽団員として強く印象に残る演奏会はありますか
いくつもありますが、一つは2010年に、イタリアで行った演奏会ですね。吹奏楽という音楽、そして、私のホルンを含む吹奏楽に用いられる楽器の多くが、西洋にルーツを持っています。ヨーロッパでの演奏は、いわば「本拠地」での演奏ですから、楽団員のモチベーションは自然と上がります。その日は、全員がひときわ熱い気持ちで臨み、それが一体感を生み、最高の演奏を披露できているという手応えがありました。実際、曲が終わるやいなや、観客の皆さんがスタンディングオベーションで楽団を賞賛してくれたんです。
そのホールは、舞台の周囲360度を観客が取り囲む造りでした。割れんばかりの拍手が鳴り響く中、私は演奏中に背を向けていた客席にもあいさつをしようと振り返ったのです。すると、客席のお一人が大きな身ぶりで私を指さし、「おまえ! 最高だったよ!」という感じで、親指を立てて満面の笑みでたたえてくれました。うれしかったですね。あの高揚感は今も、昨日のこととのように覚えています。
1993年のスイスでの公演も忘れられないステージの一つです。最後の演奏を終えてしばらく拍手が鳴り止まず、アンコールに応えて準備していた曲を演奏しました。その演奏中、観客の皆さんの聴き入る姿、照明の光……、目に入るもの全てに感動してしまうような気持ちになり、全身に鳥肌が立って、自然に涙が出てくるような状態になりました。これまで数多くの演奏をさせて頂きましたが、人生の中で、10回もない貴重な経験でした。
そして忘れられないのは、立正佼成会の庭野日敬開祖の入寂会(にゅうじゃくえ)です。あの時は、楽団員皆が、それぞれの思いを演奏で示そうという雰囲気が漂っていました。演奏会とはまた別の、一人ひとりの気持ちのこもった演奏が大聖堂に響いたことが忘れられません。
――プロの演奏家は、常に結果が求められると思うのですが、そのために演奏家として大切にしていることはありますか?
プロの世界に入って痛感したのは、自己管理の大切さでした。演奏会で最高の結果を出すには、それまでの日々の過ごし方がとても重要ですからね。
演奏会では、チューニングが始まる時間までに全ての準備を整えなければなりません。拍手で迎えられ、ステージに指揮者が入ってきます。しばらくの静寂の後、指揮棒が「バンッ」と振り下ろされたその瞬間に、楽団員は最高の一音を出さなければなりません。そのすごみが魅力だと思うのですが、入団当初は自分でコントロールするというより、先輩の姿を見て付いていくだけで精いっぱいでした。
そんなところから試行錯誤する中で、自分の演奏をより良いものにするには、生活のリズムを保ち、睡眠時間や食事など日常生活に気を配っていくことが良い演奏に結び付くのだと分かりました。中学の恩師の言葉通り、「生き方が、音楽に表れる」というわけです。
――具体的にどのような自己管理を?
これは、スポーツ選手にも共通すると思うのですが、私の場合、睡眠時間が6時間半を切ると、自分の吹く音がいつもと違ってきます。ですから、翌日に演奏を控える日は必ず、睡眠に7時間は充てると決めています。
また、ホルンは、唇の状態が音に大きく影響する楽器です。長時間吹いていると、口の筋肉が疲労するなどして思った通りの音が出なかったり、練習の合間に食事をはさむだけで音を出す時の感覚が変わってしまったりするほどシビアです。楽団のリハーサルは、演奏会よりも長時間になりますから、ウオーミングアップで楽器を吹き過ぎると、良いコンディションで最後まで吹き続けることができなくなります。ベストの状態で演奏できる時間は体力のある若い頃より限られてきますから、ウオーミングアップの時間は以前に比べて少なくしています。自分を知り、良いコンディションを保つことを第一に考えるようにしています。
プロフィル
うえはら・ひろし 1966年、東京・武蔵野市生まれ。桐朋学園大学研究科を修了し、シエナ・ウインド・オーケストラを経て、1991年に東京佼成ウインドオーケストラに入団する。現在、桐朋学園大学教授、昭和音楽大学・昭和音楽大学短期大学講師、武蔵野市民交響楽団アンサンブル・ダ・カーポ常任指揮者、東芝府中吹奏楽団音楽監督などを務める。